ステファニー・ケルトン 著 『財政赤字の神話─MMTと国民のための経済の誕生』 早川書房/2020年10月刊 の書評です。
書評者:金濱裕
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この書評は『表現者クライテリオン』2021年5月号に掲載されています。
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以下内容です。
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本書は、政府の財政赤字に関する六つの「神話」を取り上げ、その背後にある誤った考えを打ち破ることを目的とした、現代貨幣理論(MMT)の入門書である。
著者のステファニー・ケルトン教授は、米民主党の政策顧問として政界でも活躍する「政治家」的経済学者として知られている。本書で展開される率直かつ辛辣な政治経済評論や、専門的知識をもたない読者を想定した平易な語り口からは、「研究者」にとどまらない著者の個性が感じられる。
著者の「政治家」的側面は、ところどころに見られる妥協的な表現にも表れている。たとえば第四章に「優れた財政政策は民間投資を促す。そして民間投資を締め出すどころか新たな投資を呼び込み、好循環を生み出すのだ」とあるが、
民間投資の誘発を企図した呼び水的な財政政策は、金融不安定性仮説に基づいて民間信用の膨張を警戒するMMTにとって好ましくないものではないのか。著者は、自説がより広く好意的に受け入れられるよう、こうした方便を用いているのかもしれない。
本書においてくりかえし強調されるのは、「実物資源に注目せよ」という主張である。通貨の独占的な発行者である政府は、支出のために徴税や国債発行による財源調達を必要としない。
すなわち、政府は財政制約に直面していないのである。「お金」についての認識をこのように改めることで、私たちは「お金」に関する議論から解放される。そこで語られるべきは、お金の量の過不足でもなければ、お金の単位で測られた資源の価値の高低でもない。
政府の支出能力を用いて、いかなる社会を実現するのか。そのために、どの資源を、どれくらい、どのように調達し用いるのか。MMTは、こうした議論の出発点に私たちを導いてくれる。
しかしMMTは、それ以上のなにかをもたらしはしない。著者は「国民のための経済を思い描き、実現に向けて動き出すのか、決めるのは私たちだ」と本書を締め括る。
支出能力を徴税権によって裏付け、予算を決定して資源を動員する国家権力とは、少なくとも現在においては民主政治にほかならない。財政赤字の神話を打ち破った先に豊かな経済社会を実現できるか否かは、民主政治にかかっているのである。
わが国では、政治家・官僚・利益団体などのさまざまなステークホルダーの間で行われる利害調整に「利権」などのレッテルが貼られ、その力を弱めようとする改革がさまざまな形で進められてきた。
こうして市場の外で行われる制度的調整の形骸化を促し、民主政治を「民主」的に単純化・空洞化してきた現在の日本国民は、多くの利害対立や価値対立を孕む地道で面倒な資源配分の決定プロセスに耐えられるのだろうか。
このような現実から目を逸らしつつMMTに大いなる希望を見出そうとするとすれば、それはやや楽観的すぎるのかもしれない。本書が提供するMMTの「レンズ」は、私たち自身の政治に対する相当な覚悟なしに使いこなせるものではなさそうである。
(『表現者クライテリオン』2021年5月号より)
他の連載などは、『表現者クライテリオン』2021年5月号にて。
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