山本 健 著 『ヨーロッパ冷戦史 』 筑摩書房/2021年2月刊 の書評です。
書評者:篠崎奏平
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この書評は『表現者クライテリオン』2021年5月号に掲載されています。
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以下内容です。
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本書はタイトルの示す通り、ヨーロッパという地に焦点を当ててまとめられた冷戦史である。
とはいえ、それは単なる歴史的出来事の羅列にとどまるものではない。
本書には、山本自身の言葉で言うところの「ヨーロッパ冷戦史とは『陣営』と『緊張緩和』の交錯の歴史である」という視点が通底しているのである。
ヨーロッパは第二次世界大戦に終止符が打たれると、実質的にソ連を代表に据えた共産主義国家たちによる東側陣営と、イギリスやフランスら資本主義国家による連帯をアメリカが援護する形で形成された西側陣営とによって分断されることになる。
東側陣営はワルシャワ条約機構を、西側はNATOをそれぞれ結成し、軍事的・経済的対立が深まっていったことは周知の通りであろう。
が一九五〇年代に入り、スターリンが死去するや状況は変貌することになる。東西陣営間において対話の機運が生まれたからである。
しかし共産主義と資本主義と、それぞれ相入れない思想のもとに国家を運営する双方の陣営間における隔たりは大きく、冷戦状況が長期化することも必然であった。
そのような状況から、ヨーロッパの国々において東西間の緊張緩和を志向しつつ、パワーバランスを適切な形に維持しようとする傾向が生まれ始める。
デタントとは単に緊張緩和であるという印象が強い。が、実のところそれはそれぞれの国家が自分の共同体をよりよく存続させる上で適切だとして採用した政策に他ならないのであった。
例えばヴィリー・ブラントによる東方政策はその典型と言えよう。
西ドイツは東西に分断されてしまったドイツを再統一することを目論んでおり、分断を認めないためにも東ドイツという国家の存在を承認しようとはしてこなかった。
しかし西ドイツにおいてブラント政権が発足すると、ついに彼は実質的に東ドイツの存在を承認するようになる。
それは無論ドイツ統一の夢を諦めたわけではなく、むしろ対話の機運を増やすことにより、長期的にドイツ統一のタイミングを淡々と見計らおうとするものであった。
冷戦におけるあらゆるヨーロッパ・デタントのエピソードが、つきつめれば様々な国家のコナトゥス(=生への意思)に基づいた政略的側面を備えていたことは本書を通して明らかである。
経済制裁や軍事的衝突をはじめとした国家間対立や、政略的デタントが常態的に起こり続けた冷戦期のヨーロッパ史は、国家間のコミュニケーションの手本として読むことすら可能である。
現在、確かに冷戦は過去のものとなった。
しかし、米露対立や中国という大国の台頭など、例をあげるまでもなく国家間対立は様々な場所でまだ存在している。
日本にとっても他人事ではありえない。
仮に中国や韓国といった他国相手に緊張緩和を望んだとしても、それは日本の自主独立のための政略でなければならないのだ。世界的に新たな秩序が形成されつつある現在、やはり近代国家の先輩であるヨーロッパ諸国に学ぶべきことは多いと言う他あるまい。
(『表現者クライテリオン』2021年5月号より)
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