伊良子 序 著 『小津安二郎への旅 魂の「無」を探して』 河出書房新社/2014年1月刊 の書評です。
書評者:玉置文弥
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この書評は『表現者クライテリオン』2021年5月号に掲載されています。
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以下内容です。
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視線をまっすぐこちらに向けた老人と若い女性が、平凡な会話をしている白黒の映像をテレビで観て、私は何とも不思議な映画だと思ってしばらくその画面を見つめていた。何が不思議なのかその時は分からなかった。
その映画が、二〇一二年に英国で行われた世界の全映画ベストテンのトップとなった小津安二郎監督の「東京物語」だと知ったのは少し経ってからだった。
私がその映画を繰り返し観るようになったのは、ドイツの映画監督ヴィムヴェンダースが小津映画を評していうように、「混乱した世界に秩序を与えるまなざし」が、私にあってとても心地よいものと感じられたからなのかもしれない。
本書を手に取ったのは、そんな感情と、この映画の「意味」を知りたいという欲求からであった。
小津安二郎―言うまでも無く世界的巨匠である。その映画を論じた本は世界中に溢れ、内容も映像論、音楽論など多岐にわたる。
しかし浅学な私にはあまりに難解で、それを観た者たちがあれこれ難しくしてしまっているだけなのではないか、もっと素直に観ることも出来るのではないか、などと極論したくなってしまう。
日本映画の評論などがある伊良子序による本書は、そういった「難解な」研究を下敷きにしながらも、著者の問い―それは“小津ファン”の多くとも一致するだろう―
「小津の伝えているもの」とは何なのかという事を、旅によって「解き明かす」ことに特色がある。
読者が肩に力を入れず読むことが出来る所以だろう。
「東京物語」を中心に、その映画の「『余白』を解き明かす作業」から始まるこの旅は、小津の生地深川、青春時代を過ごした松坂・伊勢、「東京物語」のもう一つの舞台尾道、そして小津が住み今も彼が眠る鎌倉を訪れる。
各地でゆかりの場所と人を訪い、小津自身とその映画の中の言葉の数々を拾いながら小津の「魂」を探す著者の眼を通して、小津の人生、その中で世に出された作品たち、そして日本社会の経過が論じられる。
味わい深い文章とともに、小津映画において「場所以上に注目すべき要素」である「時間」が、本書の中心軸となっている。
ところで、小津映画の描写は基本的に「穏やか」である。特に「東京物語」はその象徴だ。
だから、現代人の「スピード優先の感覚」において小津映画を「正確に」捉えることは難しいと著者は言う。
「それなりに年齢を重ね、なおかつじっと凝視し、真剣に耳を傾けないと、小津が伝えているものは分からない」
のだと。その通りである、と思う。
しかしながら、本書の著者は厭世的である。現在に対する洞察を失っているように見える。
ところどころに現在の日本社会や若者に対する嫌悪感が見え隠れする。
それはいいとしても、それと比較して小津映画の時代は良かった、と述べているようにすら見えてしまう著者は、
「小津安二郎への旅」を結局のところ懐古の旅にしてしまった。「魂の『無』」にたどり着くべくもない。
小津は「永遠に通じるものこそ常に新しい」と言ったのである。
(『表現者クライテリオン』2021年5月号より)
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