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【小幡敏】「自衛官とは何者か」③ー国民の批判に怯え切った自衛隊

小幡敏

小幡敏

今回は、『表現者クライテリオン』のバックナンバーを特別に公開いたします。

公開するのは、小幡敏先生の新連載「自衛官とは何者か」(第一回目)・第三編です。

第一編
第二編

 

表現者クライテリオン』では、毎号、様々な連載を掲載しています。

ご興味ありましたら、ぜひ最新号とあわせて、本誌を手に取ってみてください。

以下内容です。

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 一方で日本の兵は総じて真面目であり、穴を掘れと言われれば掘るし、やれと言われたことはたとえ渋々でもやる。

米兵は空挺隊員でもない限り、行軍など数マイルもやれば上出来だが、陸自隊員は五十キロでも百キロでも歯を食いしばって歩く。

(旧軍のある部隊などは北支から印度支那まで約五千キロを敵地転戦しながら踏破している。
もっとも、米軍は歩兵部隊も機械化されているから歩く必要などないのだが……。)

真面目でも従順でもなく、ただ臆病な若年の日本人

 いずれにせよ、日本の下層民というのは雑駁に言って軍隊向きである。

年長者や上級者には従順であり、理不尽にも耐えてきた若者は、軍隊でさえも比較的容易に順応する
(私の祖父はシベリヤに抑留されていたが、富裕な子弟から順に死んでいったという。もともと貧しく、栄養失調で身体も小さかった祖父は苛酷なシベリヤでもよく生き抜いた)。

また、周囲に対して同調的で目立つことを避ける国民性は、今の自衛官を見ていても確かに感じるところであり、やることが決まっている軍隊ではこの手の消極性は効率的ですらある。

 ところが、近年こうした日本人の軍隊適性は確実に低下してきている。これについてはいちいち考証する必要も無かろう、誰もが家庭で、学校で、職場で感じている通り、若年の日本人はもはや真面目でも従順でもなく、ただ臆病なだけである。

自衛隊員がいかに特殊な環境に身を置くとはいえ、そこにやってくる若者は少なくとも自衛隊の正門をくぐるまでは野球部員であったり、居酒屋のアルバイトであったりするのだから、当然国民全体の質が低下すればその影響を受ける。

部活動で殴られ、しごかれ、上級生の奴隷として生き抜いてきた者と、暴力・体罰禁止の中でのびのびやってきた者とでは同列に扱えない。

 そういう意味では、今は利口な若者が多い。しかしながら、要領のいい人間というのは何処か卑しいもので、軍人の適性を欠くことが多い。

古い人間は、大岡昇平が記したような「三八式歩兵銃の菊の御紋に×印を書いた」兵隊だったかもしれないが、それでも彼らは人間の古い生き方を保っているから信用できる。

彼ら古い人間は道徳律を自己に対して課しているから、一文の得にもならなかろうが少しは善くあろうとするし、そこに自分しかいなかろうが悪事をためらう回路は備えている。

 一方、新しい人間は道徳といっても法律や規則と同じか、それよりも曖昧で欺瞞的なものと考えているから、平気でこれを書き換えるし、知らぬ顔をするのにも躊躇しない。

国民の批判に怯える自衛隊

 そしてこの劣化したとしか言いようのない人間たちを、自衛隊は軍人に仕立てあげる術をもたないのである。

なぜなら、自衛隊が軍法を有さないことが示すように、自衛隊とて任務の特殊性を除けば一般公務員と全く変わらないからだ。

よく自衛隊のOBが、我々は服務の宣誓(「危難に臨んでは危険を顧みず」云々)をしているから他の組織とは目方が違うんだとしゃっちょこばっているが、なんのことはない、今の日本人がセンセイなど出来るものか。

己の良心に向き合おうともしない日本人がするセンセイなど、政治家センセイの政権公約並みに当てにならぬではないか。宗教心もなく、利殖に溺れた日本人の“誓い”など、私は株屋の予想ほどにも信用しない。

 斯様な隊員を律していくには軍隊作法の内に鋳直す必要があるが、目下自衛隊は極めて開明的な組織への転換を迫られているから、暴力などもってのほか

(たまに報道される暴力事案はまさに事件なのであり、ごく一部の気合の入った部隊を除き、自衛隊に鉄拳制裁は存在しない)、セクハラ・パワハラ根絶に血道をあげてばかりいる。

酷い例だと、出来の悪い同期学生をバディが叱咤しながらともに課業外に走った際、そのやり方が暴力を伴ったといって放校処分になったり、熱血指導をした助教が処分を受けるといった話は頻繁に耳にするが、それで人間を矯正出来るわけがない。

 だが、これらは自衛隊が国民に怯え切った組織であるが故の出来事である。

哀れな自衛隊は国民からの批判を回避することをその行動原理の一丁目一番地に据えており、そんな自衛隊に誰がしたのだと言えば、それはもちろん、自衛隊の宿敵である日本国民様ではないか

憲法違反のまま捨て置いた自衛官を税金泥棒と罵り、少ない人員で厳しい任務を強い、挙句何のためであるかも示されないまま海外にまで“派兵”(紛争地域ではないから“派遣”であるなどというのは、血を流させずに肉を取れと言ったベニスの判事も真っ青の詭弁である)する国民。

自衛隊が自らの任務などより、いかにして国民の糾弾から逃れるかを気にするようになるのは、虐待された児童が親の目を気にして小胆な人間になるのと同じ道理である。

志高きものから去っていく自衛隊

 その上彼らはあまりにも低い充足率に悩まされており、「募集活動は実任務」とまでお達しが出る始末なのだ。

私の連隊では、各中隊に縁故募集の目標件数が設定され、朝礼の度、その件数が部隊毎に発表されていた。

馬鹿馬鹿しいことこの上ないが、その件数を満たさねばならないために、各隊員は到底入隊しない親戚、友人知人の類いにお願いしてこれを報告に含めるのである。

こんなことをさせていて部隊の士気が上がるはずもなく、やっとの思いで引き込んだ人間に厳しく指導できるはずもない。

それが証拠に新隊員教育では「如何に辞めさせないか」ということが眼目とされ、当然厳しいことはしないし、させない

それでもなお、「こんなことじゃいけない、本当に戦える人間を育てなければならない」と考える教官助教の内、

「暴力指導など三流教育。殴るのは自分がそれだけの未熟な人間だという事です。話して納得させ、背中で語る真の教育者にならなくてはなりません」

などという、コンプラ局員による事前教育をも潜り抜けた者は、暴力指導も辞さない真剣な教育を試みるが、それは自らの進退すらかけねばならないことであり、現にそれで処分された者は多い。

そして、こんなことをしていて教育に熱心に取り組むものが陸続と現れるはずもなく、今や教官助教には無力感と諦めが充満し、新隊員教育はまさにやるだけの教育、辞めさせないための教育に堕しているのである。

 また、近年の技術革新も援け、巷でも昭和世代と若者の間での疎通不良が言われているが、これは自衛隊でも同様である。

人手が足りず、軍属も活用されていない自衛隊では、人事や総務などを年配の陸曹が担うことになるが、彼ら本来の精神的教導者は新しい運用や装備から隔絶され、世間で老人が敬われなくなったのと同様に、若者からはただのロートルと見做されていく。

斯様に上下が分断された軍隊が強靭なものであり得るはずがなかろう

 その上、北海道の人員不足に促された陸自の下士官広域異動策などが部隊交流という大義名分で推し進められ、伝統の破壊と隊員相互の紐帯切断を促進しているのである

(旧軍では同一郷里からの兵隊を集めた連隊区制度などを敷いて部隊の団結を図ったが、土地と隊員を切り離す現在の改革はこれと正反対を向いたものであり、日本国民や兵隊の特質を正しく評価出来ない者たちによる愚策である。彼らはこれを苦渋の策と言うだろうが、私にはニコチン依存に苦しむ肺病患者に煙草を吸わせている様にしか見えない)。

 そして何よりやるせないのは、こうした弥縫策を重ねることによって慢性的な無気力と実戦からの乖離が常態化した組織を、純真で志操の優れたものから去っていくことである。

そのことに防衛大学校出身者や一般隊員の差はなく、真剣に国防を志した者にとって、自衛隊ほど居心地が悪いところは無いといって差し支えない

(『表現者クライテリオン』2020年9月号より)

 

 

他の連載等は『表現者クライテリオン』2020年9月号にて

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