今回は『表現者クライテリオン』2021年11月号の掲載されている対談を特別に一部公開いたします。
公開するのは、「日本の「強さ」とは何か 亡国を救う「道」の思想」特集掲載、
薬師寺や法隆寺の再建を担った小川三夫棟梁×本誌編集委員 柴山桂太 の対談です。
以下内容です。
興味がありましたら、ぜひ『表現者クライテリオン』’21年11月号を手に取ってみてください。
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柴山桂太(以下柴山)▼
法輪寺では何をしていらっしゃったんですか。
小川三夫(以下小川)▼
三重塔を(西岡常一)棟梁と二人で作っていました。
柴山▼え、二人ですか?
小川▼棟梁は一人でやっていたから、手が欲しいと。それで俺が呼ばれたわけだ。
柴山▼三重塔も昨日、見てきたのですが、これも一度、焼失したものを再建したんですよね。
小川▼そう、昭和十九年(一九四四年)に落雷で焼失して、それを再建しようという仕事でした。もちろん後から人は集まってくるんだけれど、最初は二人でしたね。
毎日、現場に行き、帰っては刃物を研いでいたんだけれど、三か月くらいしたら西岡棟梁が納屋に上がってきて、鉋を引いてくれたんだ。
本当にきれいな、向こうが透けて見えるほど薄い鉋屑で、今までこんなものは見たことないですよ。スーッと引いたものをガラス窓に貼って、同じような鉋屑が出るまで、刃物を研ぐ。
これができなければ仕事にならない、というわけだから。研いでは削り、研いでは削りの繰り返しでした。
柴山▼言葉で教えるんじゃないんですね。
小川▼言葉なんて何にもないな。鉋を引いて、鉋屑を見せる。「これくらいになるまでやれ」と(と、鉋屑を取り出す)。
柴山▼うわ、これはすごい。
僕が想像していた「鉋屑」とは全く別物です。ものすごく薄いですね。確かに透けている。
小川▼厚みは一〇ミクロンくらいですね。これを見たら、ただそれだけですごさがわかるでしょう。
この域に達するまで、とにかく研いでは削るしかないんだと、すぐに理解しました。
職人というのは簡単で、頭を使わなくていいんですよ。むしろ頭で考えるようでは、職人ではいられなくなってしまう。
口でいくらいいことを言っていたって、仕事ぶりを見ればわかってしまうんですよ。
柴山▼この鉋屑の説得力。いい仕事をすれば誰にでもわかる、と。
小川▼そう。だから俺は職人が好きなんです。そういう世界の仕事は面白いですよ。
柴山▼弟子入り当時、小川さんはおいくつだったんですか。
小川▼二十二歳でした。
十八歳で初めて西岡棟梁の元を訪れて、いろいろ転々として三年間、ブランクがありましたからね。
最初に西岡棟梁に言われたのは、「十八歳では遅すぎる。十五歳で来い」と。
十五歳から始めれば、心身の成長とともに仕事を覚えるから、体そのものが仕事の体になるんだと。
これが大学行ってからになってしまうと、体の成長は止まっていますから、そこから体に仕事を覚えさせるのが難しいんだ。
うちも「どうしてもここに就職したい」という子たちがやってきます。
今は十五歳だと子供すぎるから、十八歳がいいだろうと思っているんだけれど。高校を出てくる人もいれば、大学で建築学を学んでから来る人もいる。いろんな人がやってきますよ。
ある時、中学卒業後に来た子と、大学卒業後に来た子が同時にうちに入りたいとやってきたんだ。
二人を面接して、「では中学生を採用します」と言ったら、大学生が「なぜですか」と聞いてきた。
だから「あなたはまだ、やろう、という信念が薄いように見えるから、お断りします」と言ったんだけれど、それは表向きの話だった。
実際は、やっぱり中学を出てきた子のほうが、「これしかない」から。
大学を出た子は、うちがだめでも、ほかでも生きられるじゃないですか。世界も広がっているし、本当に苦しくなったら「辞めて別の仕事に就いてもやっていける」と考えてしまう。
そう思うと、覚悟が決まらないんだよな。でも「これしかない」と思っている子は、集中力があるんだ。
実際、日曜日でも中学出たての子なんかは朝五時から起きてきて、嬉しそうに仕事しているよ。
でも大学出てから来た子は、寝ているんだ(笑)。
成長とともに体に仕事がしみこんでいく子にとっては、それは楽しいものであって、つらくないんだ。
それは西岡棟梁も言っていたことだけれど、「つらいと思わない」ということが大事なんだろうな。
鉋を研ぐ、鉋をかけるという作業一つとっても、やっぱり純粋で若いうちのほうが、素直に向き合える。
学校で勉強して頭でっかちになってしまうと、鉋かけ一つできないんです。
知識が邪魔をするというのかな、「こうすればこうなるだろう」とまず頭で考えてしまうし、うまくいかないと「こうなるはずなのに、なぜならないんだろう」と、そこで止まってしまう。
自分の置かれた環境も同じですよ。事前に
「集団生活になります」「一年間は刃物研ぎが中心です」
と教えても、実際にやってみると頭の中の想像と違う日々に直面して、
「こんなはずじゃなかった」と言って帰ってしまう。
柴山▼今、徒弟制度というとあまりいい意味で使われないことが多いのですが、鵤工舎ではどうされていますか。
小川▼徒弟制度、と言われるものがいいかどうかはわからない、これはあくまで自分がいいと思うからそうしているだけ、という話なんだけれど。
やっぱり師匠と弟子が一緒の飯を食うことが大事だよな。師匠の考え、行動を見せつけておく。
弟子は「師匠のようになりたい」と言って入ってくるんだから。師匠がどういう仕事をしているか、どういう動きをしているかを見るものでしょう。
入ってきたばかりの弟子ができることといえば、最初は飯炊きと掃除くらい。その間に刃物を研いで、そのうちに仕事ができるようになっていくわけだけれど。
その時にやっぱり、師匠はもちろんだけれど先輩の言うことを素直に聞けないとダメだよな。
それから、行動一つとっても人に言われる前に自分で動けるかどうか。
今年も男の子が三人入りましたが、そのうち二人は三日で帰ってしまった。「宮大工になりたい」と言って地方から来たんだけれど。入社式もしないうちに帰っちゃう。
一方で、学校では、頭はいいのに全然、人と会話したり付き合いができなかった子が入ったんだけれど、もう五年くらいになるかな。
自分で考えて動けるから、仕事がものすごくできるようになりました。最初は学校の先生が心配で見に来たくらいなんだけれど。
柴山▼僕も大学で学生たちを教えていて思うのですが、大学は本を読む訓練、知識を蓄える訓練をするところです。
大学に入る時点で処理能力が高くなければなりませんから、学生の多くは弁が立つし、いろんなことを知っているし、わからないことがあれば図書館に行って何らかの知識を探し当ててくる。
その能力にはすごくたけているし、現に社会もそういう人材を作ろうとしている節があります。
しかし小川さんのお話を伺っていると、職人に必要なものは素直さであったり、経験から知恵を引き出す能力であったり、というものですよね。
小川▼そう。素直じゃないといけない。
弟子にも「素直が一番」だといつも言っています。
それは棟梁や先輩の言うことを素直に聞けということもあるけれど、それ以上に、素直な気持ちで仕事に接しろということでもあります。
例えば素直な気持ちで千三百年前に建てられた塔の中に入っていったら、千三百年前の話し声が聞こえるんです。
「ここが大変だったんだろうな」とか。
釘なんか一本も使わずにあれだけのものを建てるんだから。
そのことに対する素直な驚きや、敬意のような気持ちを持てなければ、職人はダメですね。(続く)
(『表現者クライテリオン』2021年11月号より)
続きは『表現者クライテリオン』2021年11号にて
『表現者クライテリオン』2021年11月号
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