今回は『表現者クライテリオン』2021年11月号掲載の座談会を特別に一部公開いたします。
公開するのは、前回に引き続き「日本の「強さ」とは何か 亡国を救う「道」の思想」特集掲載、
施光恒先生×本誌編集長 藤井聡×編集委員 柴山桂太×浜崎洋介×川端祐一郎の対談です。
〇前回記事も読む
以下内容です。
興味がありましたら、ぜひ『表現者クライテリオン』’21年11月号を手に取ってみてください。
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浜崎洋介(以下浜崎)▼
かつての日本人は、まず「分際」や「身分」ということを強調していました。
要するに、男には男の道があるし、女には女の道がある。農民には農民の、職人には職人の道があり、あるいは政治家には政治家の道があるということです。
そうすると、個々人の能力について抽象的に云々する前に、まず男らしさや、女らしさ、農民らしさや、武士らしさという「らしさ」を自覚する必要があって、それを引き受けようとした時に見出されるものとして「道」の概念が出てくるのではないかと。
つまり、これは「伝統」の自覚と似ているんですが、個々人の「らしさ」を自覚し、それを再帰的に引き受けようとする時に見出されるのが「道」なのだとすれば、それは、「日本人らしさ」を引き受けた時に見出される「伝統」と同じ性格を帯びることになります。
ただし、ここで注意しておきたいのは、この「らしさ」を根拠づけているものが何かということです。
そして、そのとき見出されるのが、日本人の「神」や「天」なんですね。
でも、それは西欧の超越的な「God」とは違います。たとえば「孝」の道について考えた中江藤樹は、
「天は太虛の主宰を指す。所謂皇上帝是なり」
と語って、自らの身体的直観と、大いなる生命の根源(太虛皇上帝)との繋がりを「天」の概念で語っていますし、「天道「地道」「人道」ということを論じた伊藤仁斎も、
「蓋し天地の間、一元気のみ」
と言って、やはり宇宙的生命力との繋がりについて語っています。あるいは、
「生まれながらの真心なるぞ、道には有ける」
と言う本居宣長も、人為的なものが加わっていない「惟神(かんながら)の道」において、やはり天地自然との紐帯について語っていました。
つまり、「らしさ」を引き受ける「道の思想」とは、単なる社会的な役割の肯定というよりは、自然(天)によって与えられた自己の「分際」の自覚に根差しているのだということです。
しかも、その「道」が「天」に通じているという限りで、そこには、果てしなき修行や精進、自己鍛錬といった日本人独特の観念も現れてくることになりますし、さらに、その「道」を極めることによって、浮動する世間的評価からの「独立」を守ることもできるのだと。
ただ、近代以降は、この「道の思想」がなくなってしまうんですね。
そのために、私たちは、前近代の日本人以上に「空気」に弱くなってしまったし、「デフレ下での消費増税」にしろ、「緊急事態宣言下のオリンピック」にしろ、スジが通らない話にも鈍感になってしまった。
でも、だからこそ、今、日本人が培ってきた「道の思想」を自覚し直すことは非常に重要なことではないのかと、まず、そんなところから議論を始められればと思っています。
藤井聡(以下藤井)▼
だから西郷隆盛の「人を見るな、天を見よ」との言葉に日本人が皆同意していれば、こんなに日本が凋落することなどなかったはずだ、ってことになりますね。
柴山さんはいかがでしょうか?
柴山桂太(以下柴山)▼
改めて「道」とは何か、日本人が本来持っている倫理規範とは何かと考えると、この話はクライテリオンの連載にも書いたことなのですが、保守主義や保守思想の社会観とは何かとなったときに、二つあると思うのです。
一つは、社会は分業で出来ているということです。
侍は侍、農民は農民、職人は職人。それぞれの仕事をしっかりこなすことで、社会が成り立っている。
それぞれが目の前の仕事を熱心にこなし、その成果を交換し合うことで社会が成り立つという「分業の原理」を経済学で定式化したのはアダム・スミスですが、それぞれに課せられた職分を果たすことで秩序が生まれるという考え方はどの国の思想史にもあった、人類普遍のものだと思うんです。
ただし、分業には弊害もあって、スミスは単純な仕事ばかり続けていると精神が活発さを失うとか、他の仕事の人と会話ができなくなるとか言っています。
日本では「専門バカ」と言われるものですね。専門以外のことは何も知らず、小さな世界に閉じこもって他のことには責任も取らない。
そうやって社会が断片化、無責任化する方向に堕落しやすいという問題があります。
この問題に対する保守思想の答えは、
「仕事を通じて仕事を超えた全人格的な倫理や規範を身につけることができるはずだ」
というものだと思うんです。
日本人はそれを「道」と表現してきたのではないか。
それこそ侍は武士道ですし、商人や職人にもそれぞれの道がある。芸事にも道はあって、それこそ長島茂雄は野球道と言っていましたが、野球だって極めれば人としての正しい生き方に辿り着く。
一つの仕事を極めると、他の全てにも通じるような人生訓とか、ものの見方に辿り着く。
それこそヘーゲルが言うところの「人倫」に至るのだ、と。そう考えるのが保守思想なのではないかと思うのです。
柴山▼先日、宮大工の小川三夫さんにインタビューをして感じたことなのですが、「道」の前にはもう一つ概念があって、それは「わざ」ですね。
漢字で書けば「技」でもあるし「術」や「芸」でもあるのですが、早くからその世界に入って師匠についてわざを磨くということを繰り返し、そのわざを極めた人が「道」に辿り着く。
武術でも、白帯の人間が「武道」を語ればまだ早いと言われるわけで、まずわざを身につけないといけない。
わざを磨く、修行する、芸事なら稽古する。そこで得られるのは礼儀作法だったり、具体的な道具の使い方だったり、状況依存的な知恵だったりするのでしょうが、続けていくと他の世界にも通じる普遍的な「道」が見えてくる。
そういう生き方が、前近代には分かりやすく存在したと思うのです。
というのも、職業は早くから決まっていたわけですよね。子供の頃からその世界に入って、師匠についてわざを鍛え、二十年、三十年と修業をしたところで一人前と見なされる。
そうして次は後進を育成するということになったと思うのですが、近代社会になるとそれが難しい。
座学の試験で選抜する学校教育は、そういう徒弟制度を否定するところから出発していますからね。
ウェーバーが言うように、個々人のわざの継承に頼るのではなく、没人格的な組織で変化に対応するというのが近代企業です。
学校は組織人になるための訓練をする場所でもある。それでも日本人の中には、わざの修行や稽古を通じて「道」へと至るのが正しい、もっといえば人として格好いいというような考え方がずっと残っているように思います。
実際、一芸を極めた職人の話は、子供が聞いても格好いいと思うのではないでしょうか。
そういう感覚を大切にして、言葉にして自覚的に取り戻すことが今、求められているのではないかと思います。
藤井▼分業と分際は表裏一体で、分業を意識していれば分際も分かって、それを意識するためには全体性の復活という保守思想において常に我々が注視してきたものがある。
その全体性を復活するためにも修業が必要で、徒弟制度が有効なわけですね。
そして、天をおぼろげにでも認識するメンタリティがあれば、自らが誰かの弟子になることも難しくないし、技も習得できるし、分業もできるし、早晩「道」に入ることができる。
近代ではそういう傾向は随分弱体化されたものの、いまだに残存しているところもあり、それが日本の強みとして、この令和の時代においてもいまだ言えるのではないかということですね…(続く)
(『表現者クライテリオン』2021年11月号より)
続きは『表現者クライテリオン』2021年11号にて
『表現者クライテリオン』2021年11月号
「日本人の「強さ」とは何か」
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