【書評】『歴史なき時代に 私たちが失ったもの 取り戻すもの』ー前田龍之祐

前田龍之祐

前田龍之祐

與那覇 潤 著 『歴史なき時代に 私たちが失ったもの 取り戻すもの』 朝日新聞出版/2021年6月刊 の書評です。

書評者:前田龍之祐

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この書評は『表現者クライテリオン』2021年11月号に掲載されています。

表現者クライテリオン』では、毎号、様々な特集や連載を掲載しています。

ご興味ありましたら、ぜひ本誌を手に取ってみてください。

以下内容です。

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歴史学者による孤独な訴えの集成

 本書のうち対談パートを収めた第六章には、改元直前の二〇一九年三月に本誌でおこなった浜崎洋介氏との議論も再録されているが、そこで平成を総括して用いられた言葉は「デフレーション」だった。

記号が実態から遊離していくとともに現実を支える指針を失った人々が記号的価値に囚われて退行(デフレ)していった結果、知性と身体性を取り結ぶ共通感覚は次第に衰え、その埋め合わせとして集団的な外枠の肥大化だけが進んだ三十年─概ねこのようにまとめることができる。

しかしそれは言い換えれば、本来意味を決定する当のものであるはずの〈文脈=歴史〉を読み取る感覚が損なわれた反映でもあるだろう。

対談から二年余りを経て、この歴史意識の喪失はますます露呈したと言って差し支えない。

本書はそんな「歴史なき時代」になお可能な共同性を探ろうとする「歴史学」から遠く離れた「歴史学者」による孤独な訴えの集成である。

 そもそも歴史意識とは、線形の時間軸に沿って私たちの生きる現在を過去からの系譜に位置づける意識を指す。

そうした連続した時間を反省する態度が消失すれば端的に「歴史はなくなって」しまうが、そうなれば後には過去を欠いて断片化した瞬間、すなわち「いま」の気分ですべての行動を決する衝動しか残されていかない。

事実、この度のコロナ禍で現れた問題は戦前期の事例と照応関係があるにもかかわらず─
規定の範囲を明確にしないまま行動を制限する予防拘禁とロックダウン、
限定的な条件下における成功例をそのまま拡大適用してしまう関東軍の思考法と西浦モデルの過ちなど─
それらを「以前の失敗の繰り返し」と見るひとは一体どれだけいるだろうか。

「歴史なき時代」にもっとも無自覚なのは歴史学者という皮肉

「人びとの記憶はいまや、一年間はおろか、一か月も続かない」

と著者は断じてみせるが、まるで一貫性のない政府の施策とそれに容易に流される世間の無反省ぶりを見ればその言葉にいっさいの誇張がないことは明らかだ。

 そして著者によれば、このような「歴史なき時代」が招く事態にもっとも無自覚なのは皮肉にも当の「歴史学者」にほかならないという。

過去からの延長線上として現在を捉える視点を放棄して「文脈」から浮き上がっていく彼らは、実証史学と称して史資料という名の「意味」に執着しながら他者と共有可能な物語をつくるといった使命など忘れて、史実をめぐるマウンティングゲームに余念がない。

 では、歴史に替わる共感の基盤は残されているのだろうか。

絶望的な調子の漂うなかかろうじて示唆されるのは各人の主体性を守る「基地」の役割だが、しかしそこは自立を促す養生の場であって、依存の対象ではない。

ひとは誰かに寄与しながら生きざるを得ないのであれば、必要なのは相補的な関係のあいだに保たれる適切な距離感であるだろう

 本書が一貫して問うのは歴史の共有が困難な時代において求められる居場所、吉本隆明の言葉を借りれば「自立の思想的拠点」の在処だと言える。

(『表現者クライテリオン』2021年11月号より)

 

 

 

他の連載は『表現者クライテリオン』2021年11月号にて

『表現者クライテリオン』2021年11月号
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