バブル崩壊後、過去数十年にわたり日本経済は深刻な停滞に陥っている。なぜ、これほどまでに我が国の経済は落ちぶれたのか。その原因と解決の糸口を探るには、歴史を知るのが一番だろう。本書では、経済記者として長年現場を取材し続けてきた著者が、自身の実体験をもとに戦後日本の経済史を振り返る。
本書は三通りの読み方ができるだろう。一つ目は、戦後日本経済史を学ぶための教科書的な読み方である。一九七〇年に日経新聞に入社した著者のキャリアは、必然的に高度成長期以降の日本経済史と重なる。事実を羅列するだけの一般 的な教科書とは対照的に、本書では日本経済や世界経済を揺るがす大事件──プラザ合意、アジア通貨危機など──の当事者たちに著者自身が接触した経験をもとに、彼らが何を考え、どう行動したかまで生々しく描かれる。入社早々に配属された岡山支局でのエピソードは特に興味深い。公害問題に揺れる倉敷の臨海工業地帯を舞台に、地元の漁業者や地方議員が公害反対を訴 える裏で企業から補償金・献金を受け取り、県は誘致企業の影響力と住民の声を天秤にかけ、規制を設けるべきか思案する。私自身、過去に地方公務員として大規模なインフラ行政に携わっていたこともあり、企業・行政・住民の間で複雑に利害が交錯するさまに既視感を覚えた。
二つ目は、記者としてのあるべき姿について考えるための、ジャーナリズム論としての読み方である。著者の取材対象には、日本や世界の経済を動かす「大物」たちが少なくない。彼らから生 きた情報を得るため、文字通り世界中を飛び回り取材するが、相手の意のままに動くことのないよう、精神的な独立は必ず保つ。いわば、懇意にはするが媚びは売らず、貸しも作らせない姿勢である。著者がジャーナリストとしての確固たる独立心を持っていることは、消費税増税をめぐり大手紙がこぞって増税やむなしの論陣を張るなか、断固として反増税を主張した事実からも明らかだ。
三つ目は、戦後一貫してアメリカに従属してきた日本の政官財のエリートに対する、鋭い批評としての読み方である。バブル崩壊後、アメリカの圧力によって日本の構造改革が進められたことは 周知の事実だが、プラザ合意の前後、FRBの ボルカー議長を前に媚びた態度をとる当時の蔵相や、アメリカの証券会社への出資をめぐり、同 じくボルカーに詰問され弁解に終始する邦銀の役員の姿に、著者は占領国と敗戦国の関係を見る。宮澤喜一氏や中川昭一氏など、かつては正々堂々とアメリカと対峙する胆力のある政治家もいた。だが、今はどうだろうか。
本書では日本のエリート、ないし日本経済のシステム自体がいかにアメリカに従属しているかが暴かれるが、おそらく、この奴隷根性はエリートに特有のものではなく、従属の対象もアメリカに限らない。組織の意向や世間の空気など、長いものに巻かれることでその場をやり過ごし続けてきた、日本人全体にかかわる病理である。
<表現者クライテリオン2023年9月号より>
《編集部より》
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