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【川端祐一郎】外国人労働力の受け入れ推進について

川端 祐一郎

川端 祐一郎 (京都大学大学院准教授)

既に決定された「骨太の方針」にも入っていたものですが、外国人労働者の受け入れを拡大するという方針が政府から改めて示されたというニュースがありました。新たな在留資格制度を創設するということですが、要するに外国人が単純労働に就労することを容易にする改革を進めるというわけです。
外国人労働者受け入れ、外食・サービスや製造業も対象に 菅義偉官房長官が言及

まだ制度の中身もはっきりしませんし、私は労働政策の専門家ではないので認識の間違いがあればご指摘頂きたいのですが、現時点で疑問に思うことを2点述べておきたいと思います。

1つは、経済界の要望で進められている改革なのでしょうが、そもそも「人手不足を外国人労働者で埋める」という発想は人材確保の戦略としてビジネス上合理的なのかどうかということです。

賃金格差を利用した単純労働力の確保というのは、労働力の供給元の国で賃金が上昇してきた場合に再び人材の枯渇をまねく可能性がありますし、「在留期間に制限を設けるからこれは移民ではない(だから文句を言うな)」と言われると、スキルの蓄積などはあまり考えないというわけで、人材を確保したいのかしたくないのかよく分かりません。どうも、場当たり的な対処という印象を受けてしまいます。

最近、外国のニュース記事をみていると、アメリカやドイツなどでも人手不足(labor shortage)が深刻だという話は目にします。下記は(日本語ではないのですが)ブリュッセルにあるシンクタンクが出している記事ですが、労働力不足を補うにはロボット化や移民という選択肢もあるものの、ロボットにできることには限界があり、移民に関しては既に大きな社会問題を引き起こしているのだから、内政でなんとかしろと主張しているのが印象的です。
The ever-rising labour shortages in Europe

重要だと思うのは、それらの国で足りないのが「技能のある」「良質な」労働者(skilled/qualified workers)だとされていることです。これは日本についても同じことが言えるはずです。

例えばここ数年、ヤマト運輸が人手不足で荷物を運びきれないという事例がたびたび紹介されていますが、宅配便の運送の現場で必要とされるスキルはさほど単純ではありません。「肉体労働=単純労働」みたいな誤解は根強いと思うのですが、物流であれ病院であれ建設であれ、現場の仕事をこなすにはそれなりのトレーニングと経験が必要なのです。

そう考えると、企業が「人材を育てる」という活動がかなり重要で、「人材が足りないから外から買ってこよう」という発想は、ある意味、安易であるように思えてしまいます。外国人雇用に限った話ではないのんですが、「人材は育てるものではなく外から買うもの」といった発想が広がっているのだとすれば、それ自体が人材不足を招いている面があるかも知れません。少子化だけが原因ではないかも知れないのです。

下記の記事は、『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』という本の編者である玄田有史氏のものですが、今の人手不足と賃金低迷の関係には謎が多いことと、多様な観点からの分析が必要であることを指摘しつつ、重要な問題の一つとして、日本の企業が職場で人材育成をしなくなったことを挙げておられます(同書中では梅崎修氏が論じておられます)。
人手不足なのに賃金が上がらない本当の理由とは

玄田氏の議論は賃金が上がらないことの説明なのですが、日本企業が人材育成をサボるようになっているのだとすれば、それは人手不足とも関係しているのではないでしょうか。というのも、仮に全ての企業が「既にスキルを身につけた人材をどこかから探して雇えばいい」と考えて、玄田氏の言う「能力開発に対するフリーライド(ただ乗り)」を実践したら、能力のある人材が増えることはないわけで、いずれ枯渇するのは当たり前だからです。

もちろん、労働市場で「即戦力」を調達するのはそれ自体悪いことではありませんが、依存しすぎるのは良くないということです。下記のコンサルタントは、従業員を育てる努力をせずに「人材不足だ」と嘆くのは経営者の怠慢だと批判していますが、もっともな話ですね。
「人材不足」は存在しない 問題は企業の募集方法

さてもう1つの疑問は、国境を超えた労働力の移動が日本よりも盛んな欧米諸国で生じてきた問題に対して、十分な関心が払われているのだろうかということです。

欧米で「ポピュリズム」の運動が社会に大変動を起こしつつあることの主な原因が、移民をはじめとする外国人労働力との賃金競争にさらされることになった先進国の労働者の怒りだということについて、政府や財界はどれだけ意識できているのでしょうか。

ポピュリズムの問題は8月15日発売の『表現者クライテリオン』の特集テーマなので、ぜひお読み頂ければと思うのですが、これは今まさに世界史を転換させる勢いで広がっている現象なわけです。外国人労働力の活用を進めるのであれば、それを早くから推進してきた国々で今何が起きているのかを、慎重に見極める必要があるはずです。

また、下記の記事ではイワン・クラステフという政治学者がヨーロッパの歴史的危機について論じており、全体にわたって興味深い議論なのですが、その中で東欧から西欧への移民によって「西欧は多様性への対応に苦心し、東欧は過疎化対策に手を焼いている」という状況が作り出されていると述べています。
現代ヨーロッパの礎「平和、人権、統合」の3つの価値観が崩壊する

先ほど紹介したブリュッセルのシンクタンクの記事の中でも同じことが言われているのですが、21世紀に入ってEUが東欧まで拡大された結果、中・東欧から北・西欧への移民が劇的に増加して、移民の送り出し元である中・東欧で深刻な人手不足が起きていると言います。いま、東南アジア諸国でも高齢化が始まりつつありますので、日本への労働力送り出し元になる国の人手不足につながるのであれば、日本への労働力受け入れというのは果たして国際正義にかなったことなのかという疑問も湧いてきます。

私は、外国人労働力の活用そのものに全面反対したいわけではもちろんないですし、ましてや排斥など唱えるつもりはないですが、上で述べたような基本的な疑問点はどうしても気になります。人手不足を外国人労働力で補うという方針は、企業経営上本当に合理的なのかどうか。人手不足の背景に、少子化だけではなく「人材育成」を怠ってきたという事情はないのかどうか。国内の中産階級と外国人労働力の間の賃金争いが欧米諸国にもたらした問題を、よく観察した上で慎重に判断したほうがいいのではないか。移民送り出し国にとって良いことなのかどうか。そういった疑問を解消せずに改革が進められるとすれば、やはり拙速であるように思えてしまいます。

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