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【川端祐一郎】沖縄シンポジウムで話し足りなかったこと——基地建設による環境破壊について

川端 祐一郎

川端 祐一郎 (京都大学大学院准教授)

昨日までの3名のメルマガでも書かれているように、先週は『表現者クライテリオン』の沖縄シンポジウムでした。

平日であるにもかかわらず、我々の予想を遥かに上回って多くの方にご参加頂き、懇親会も含めて活気に満ちた会となりました。沖縄の皆様に改めて御礼申し上げます。

さて、シンポジウム前半の討議の場では触れることができなかったものの、懇親会では複数の方との間で話題になった論点がありまして、せっかくなのでここに書いておきたいと思います。

それは、「米軍基地建設によって失われる自然」について保守派がどう捉えるべきかという問題です。「埋め立てで辺野古のサンゴ礁が失われる(移植の計画はあるようですが)」「実弾射撃訓練で恩納岳が禿山になる」といったことを、どう受け止めるべきなのか。

「環境」を話題にすると、「何を左翼みたいにセンチメンタルなことを言っているのか」と感じる方も多いと思います。たしかに「自然破壊はけしからん」とかいう話には、反戦平和主義にも似た「偽善」の響きがありますし、実際そういうことをおっしゃるのは左派の方が多いでしょう。

しかし、右も左も関係なく、開発によって大事なものが失われることに寂しさや怒りの感情を覚えるのは、普通のことです。「基地は必要だから」とか「そんなこと言ったら民間の飛行場やビルも建てられないじゃないか」という「現実論」を語って、それらの感情を無かったことにするのが健全だとも思えません。それは「クソリアリズム」ってやつですね。

もちろん、感情的に反発だけするのが正しいわけでもない。仮にそれが仕方のない開発であれば、そのことを一方で理解しつつ、それにより失われるものに対する愛着や寂寥の感覚を、忘れずに記憶にとどめておくことや、折に触れて言葉に表現することこそが大事なのだと思います。今でも日本では、建物を建てる前に地鎮祭を行いますが、あれも開発により何かを失わしめることについての申し訳なさや寂しさを、神様への祈りや感謝という形で表現しているのでしょう。

故・西部邁先生はよく、「成田空港の建設反対闘争は左翼が主導していて、保守派はそれを非難したり嘲笑ったりしていたが、『空港を作るから出て行け』と土地を追われ、生活の急変を強いられる農民の悲しみに思いを致すことができなくて、何の保守派か」と言っていました。

軍事基地により生活や自然が破壊されることについても似たようなことが言えるはずで、それを嘆いたり憤ったりするのが左派の専売特許になり、そうした声に対して「偽善」や「利己主義」のレッテルを貼るのが保守派の習わしになっているとすれば、それは正しいことだとは私には思えません。

また、それに加えて、建設されるのが「米軍」の基地だという問題もあります。同じように軍事基地によって自然が破壊されるのだとしても、その主体が自国の軍隊なのか他国の軍隊なのかで、我々が抱く感情は異なるはずです。

日本のサンゴが埋め立てられることや日本の山が禿山になることの悲しさについて、自衛隊との間でなら成り立つ会話や感情の共有が、米軍との間ではそうもいかないということは当然あり得ます。そしてその会話が成り立つかどうかによって、同じように「仕方のない開発」を進めるにしても、我々の納得感は大きく異なるでしょう。「外国軍隊」の駐留は、そういう形でも負担をもたらすのです。

浜崎さんに選んで頂いた「沖縄文学」の一つに、大城立裕の『カクテル・パーティー』という小説があります。沖縄の本土復帰前の作品で、主人公の娘が米兵に犯され、まともな裁判権がないため主人公は知り合いのアメリカ人に相談に行くのですが、「それは犯罪者個人と被害者個人の問題であり、アメリカと日本の問題ではない。だから、私がアメリカ人だからという理由で相談に来るのはおかしなことだ」と追い返されるシーンがあります。

しかし、やはり「アメリカにやられた」という感覚を持つのは仕方のないことではないでしょうか。そもそも国家間の関係如何では起きなかった犯罪かも知れないのです。

もちろん「自衛隊の犯罪なら許せる」とは言いませんが、先ほどの環境破壊の問題とも同じで、自国民がなすことなのか他国民がなすことなのかは、我々の抱く感情や、その感情の処理の仕方に、大きく影響を与えるはずです。そういう形で、ナショナル・アイデンティティというものは、我々の心をその奥底において常に左右しているのです。

——そんなことを懇親会で話していたのですが、まだまだ話し足りない、と感じました。これから全国各地でシンポジウムを開催していく予定ですが、沖縄にも是非また足を運びたい。そう思える充実したシンポジウムでした。

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