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【施光恒】デジタル権威主義に覆われる世界?

施光恒

施光恒 (九州大学大学院教授)

実は、私、結構デジタルもの好きです。一番好きなのはカメラです。写真を撮るのも好きですが、最近はなかなか出かける時間がとれず、せいぜいベランダの植木鉢の花を撮るぐらいです。撮影好きというよりはカメラ好きなんですね。ケチなのであまり買いませんが、ビックカメラなどの大きな家電店の前を通ると、ついカメラ売り場にいって最新型の一眼レフとかミラーレスとかのデジカメを撫でまわして、にやにやしています。
(・∀・)ニヤニヤ

スマート・スピーカーも、グーグル・ホーム・ミニが出るとわりとすぐに手に入れ、「オーケー、グーグル。テレビつけて」とか、パスタを茹でるときに「オーケー、グーグル。タイマー7分」とかやっています。一番便利さを感じるのはスマホが見つからない時に、「ねえグーグル、スマホ鳴らして!」と言って、音のする方を探すときでしょうか。

デジタルものは、生活を便利にする良い側面も多々ありますが、最近の情報技術の発展にはちょっと怖くなる時がありますね。私は最近まで、スマホの位置情報をつけっぱなしにしていたので、先日、スマホをいじっていたら、過去数年間、私がどこにいたのか、スマホはほぼ完全に把握しているのを知りました。グーグルがその気になれば、多くの人々のこうした情報、どのようにでも使えるわけですから、恐ろしいですね。

英語圏の人々が書いた記事や論説で、最近「デジタル権威主義」という言葉をよく目にします。中国に触れた記事や論説でよく使われています。

人工知能(AI)などの最新のデジタル技術を利用すれば、国家は、国民生活を豊かにできるだけでなく、国民生活の全側面を監視し、統制できるようにもなります。

中国のような非民主的な権威主義体制の国家が、デジタル技術を利用して国民生活を効率よく監視し、統制し、管理国家体制を盤石なものにしていく。「デジタル権威主義」とは、そのように、国家がテクノロジーを利用して国民を隅々まで監視し、管理する体制を築き上げていくこと、またはそれを可能にした体制のことを指すといえるでしょう。

最近、ニコラス・ライトという米国や英国で活動する神経科学者の「人工知能とデジタル権威主義――民主主義は生き残れるか」という論説を『フォーリン・アフェアーズ・レポート』(2018年8月号)で読みました。(英語原文は、下記のForeign Affairs のサイトにあります。)
How Artificial Intelligence Will Reshape the Global Order

ライト氏によると、中国のような権威主義国家は、ありとあらゆる電子情報を思うままに利用し、国民生活の管理を強化しています。権威主義国家は、全国民の次のようなデータを自由に利用できるので大変強力です。「納税申告書、診療記録、犯罪記録、性感染クリニックの受診記録、銀行取引明細、遺伝子検査、人物属性情報」などです。

最後の「人物属性情報」には、位置情報、行動パターンに関する情報、指紋・声紋・網膜パターン・顔の特徴などのバイオメトリックス情報、顔認識システムを利用した監視カメラ・システムの情報などが含まれます。

このところ、中国人の留学生と話していると、中国社会でいかに電子マネーが普及しているか、面白おかしく教えてくれます。中国では、最近はほとんど現金を持ち歩かないそうですね。

中国では、デパートのような大きな店から屋台と言った小商店まで、スマホ一つで決済できる電子マネーが普及しています。大学生が飲み会をすると、皆のワリカンの支払いも、電子マネーだそうです。路傍の物乞いにも電子マネーで施しをするとのことです。(学生の話ですから、少々大げさなところがあるかもしれませんが…)。

中国政府は、こうした電子マネーの普及をここ数年、強力に推進してきました。これには国民生活の利便性の向上という目的と同時に、金の流れを把握することを通じて管理や統制を強める目的があるのも間違いないでしょう。

実際、ライト氏の論説でも触れていますが、中国政府は、大衆を管理・統制するために、AI技術を用いて「社会信用システム」と呼ばれるものを構築し始めています。つまり、ある人が政府に対して従順であるかどうかを尺度に、人々をランク付けしていくシステムです。

こういうシステムが完成すれば、法輪功(宗教団体)の信者、チベットやウィグルの民族活動家など、共産党政権が「反体制派」だとみる人々の動きを監視し、より簡単に支配下に置くことができるようなります。

最近の中国では、大きなコンサート会場など人々が数多く集まる場所には、顔認識システムが導入されており、指名手配犯などがよく引っ掛かり捕まるそうです。防犯という面ではいいですが、管理国家という点ではやはり不気味ですね。

ライト氏は、このようなデジタル技術で社会の監視・統制を強めていく中国などの「デジタル権威主義」の国家が、近い将来、欧米の自由民主主義国家と対立構造を深めていくと予想します。

ライト氏曰く、「20世紀の多くがリベラルな民主主義、ファシズム、共産主義という社会システム間の競争によって定義されたように、21世紀はリベラルな民主主義とデジタル権威主義間の抗争によってまさに規定されようとしている」。

この言葉、いかにも二分法と言うか、「善と悪」「敵と味方」といった二項対立図式でとらえるのが好きな欧米人らしい思考法が現れているなと感じます。彼らの頭のなかでは、20世紀前半は「ファシズム vs 自由民主主義」、後半は「共産主義vs 自由民主主義」だったように、21世紀の今後の世界は「デジタル権威主義 vs 自由民主主義」の対立だというわけです。わかりやすいですな。

ライト氏の論説のなかで興味深いのは、中国は、デジタル権威主義の先進国として、このモデルを海外に輸出しようとしているそうです。監視や検閲のシステムを、例えば、エチオピア、イラン、ロシア、ジンバブエなどにすでに輸出しているという報道もあります。

ライト氏の見方では、冷戦時代に、米国陣営とソビエト陣営が互いに他の国々を自陣営に引き込む競争をしたように、21世紀の今後の世界でも自由民主主義諸国とデジタル権威主義諸国がそれぞれ他国を味方に付け、あい争うようになるというのです。

興味深いことは確かですが、やはりライト氏のこの見方、私は少々単純だと思います。また、欧米社会について楽観的過ぎるのではないかでしょうか。

私は、欧米、あるいは日本も、今のままではデジタル権威主義に陥る可能性は決して少なくないと考えています。

主な原因は、いわゆるグローバリズムです。グローバル化によって、欧米や日本は、自由民主主義が成り立つ条件である社会的な信頼や連帯の感覚を急激になくしつつあるように見えます。

例えば、以前のメルマガで紹介したダグラス・マレーというジャーナリストが書いた『ヨーロッパの奇妙な死』(The Strange Death of Europe)という本によれば、グローバル化に伴う移民の大量流入のため、ヨーロッパ諸国の「国のかたち」、つまり民族構成や宗教のあり方は非常に大きく変化しつつあります。
(施 光恒「ヨーロッパ文明の死?」『「新」経世済民新聞』2018年8月31日付)
(施 光恒「少子化をめぐる議論の盲点」『表現者criterionメールマガジン』2018年8月31日付)

たとえば、マレー氏が挙げている数値を示せば次のようになります。

・2011年の英国の国勢調査によれば、ロンドンの住人のうち「白人の英国人」が占める割合は44.9%とすでに半数を切っている

・ロンドンの33地区のうち23地区で白人は少数派に転落している。

・2014年に英国内で生まれた赤ん坊の33%は、少なくとも両親のどちらかが移民である。

・オックスフォード大学のある研究者の予測では、2060年までには英国全体でも「白人の英国人」は少数派になる見込み。

・英国民に占めるキリスト教徒の割合も、過去10年間で72%から59%と大幅に減少した。2050年までにはキリスト教徒は英国民の三分の一まで減る見通し。

・スウェーデンでも今後30年以内に主要都市すべてでスウェーデン人(スウェーデン系スウェーデン人)は少数派に転落してしまう。

ヨーロッパ諸国が、それぞれの国の伝統的なナショナル・アイデンティティを失い、人為的に多民族国家化していくわけです。

移民の急激な増加により、ヨーロッパ諸国が多民族国家化してしまえば、各国で社会秩序を作り出すのは非常に難しくなります。「リベラル」を気取りたがる人は認めたがらないのかもしれませんが、文化や伝統、生活習慣、言語、宗教といったものがバラバラの人々が集まって暮らせば、対立や軋轢が生じやすくなるのは当然です。

今後、ヨーロッパ諸国は、秩序を作り出すのが非常に難しくなるでしょう。自由民主主義とは、実は、文化や伝統、生活習慣、言語といったものの緩やかな共有から生じる自然な連帯意識や道徳観、信頼感に依拠するところが多い政治体制なのです。

グローバル化、特に大規模な人の移動に伴って、欧州諸国は、急激に「国のかたち」が変えられつつあります。欧州諸国では、近い将来、秩序を作り出すのが非常に難しくなるのではないでしょうか。自由民主主義というこれまでの穏健な統治形態では、秩序を作り出せなくなるのではないかと思います。

そのとき、ヨーロッパのエリート層はどうするでしょうか。「リベラル」を気取りたがるエリート層は、グローバル化に歯止めをかけることはなかなか選択しないでしょう。それよりも、やはり、デジタル技術を使って、人々の生活を監視・管理することにより、秩序を強引に作り出すことを選ぶのではないかと思います。

ことによると、中国から、デジタル権威主義のシステムを購入し、導入するようになるかもしれません。

日本も他人事ではありません。安倍政権は、日本の移民国家化を着々と進めています。リベラルを自称する野党が反対するわけありませんから、日本の移民国家化はもうほぼ決定かもしれません。

昨日も、次のような記事が出ていました。

「外国人労働者、在留期限を撤廃=「熟練」条件、家族帯同も――新資格概要判明」(『時事通信』2018年10月11日配信)

日本も、新自由主義に基づくグローバル化が推し進められる結果、近い将来、バラバラの文化、宗教、伝統、道徳意識を持つ人々が雑居する国になっていくのでしょう。ヨーロッパ諸国がそうであるように、日本でも、古くからの「日本系日本人」は40年後ぐらいには少数派に転落するのではないでしょうか。

そうした雑居状態の社会では、秩序を作るのが大変です。これまでの日本のように、「おかげさま」とか「おもいやり」「気配り」「譲り合い」などは通用しない社会になるのではないかと危惧します。対立や軋轢も増えるでしょう。

潜在的な対立や軋轢を抑制するために、日本も、デジタル技術を駆使するようになるのではないでしょうか。テロリズムや民族対立を防止して、治安を維持するという名目で、政府がグローバル企業と連携して国民のさまざまな情報を収集・管理し、反体制的だと目されれば「非グローバル人材」とかいって低くランク付けされるようになるかもしれません…。

お隣のデジタル権威主義先進国から、「国民監視・管理システム」を購入するようになるのかもしれません。

確かに治安は維持されやすくなるかもしれませんし、「グローバル化」や「多文化共生」も実現するのかもしれませんが、それでいいんですかね…。
私は、イヤですね。

暗い話を長々と失礼しますた…
<(_ _)>

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