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【川端祐一郎】「大東亜」という空間イメージ

川端 祐一郎

川端 祐一郎 (京都大学大学院准教授)

トランプ大統領は就任当初から、世界中に軍隊を派遣してアメリカが世界の警察官を(勝手にですが)買って出ている現状を肯定的には見ておらず、今年の春に行われた米朝首脳会談の前後にも、在韓米軍の撤退を示唆していました。米朝階段が近々また行われるのではないかという報道も出ていましたが、北朝鮮との宥和に持ちこもうとしているように見えるのも、地域覇権へのコミットメントを縮小するという流れの一環なのでしょう。

仮に米軍が東アジアから「手を引く」流れになると、当然中国の勢力伸長が予想されるわけですが、中国が地域覇権を安定させて平和が訪れるのかというとそう簡単でもないでしょう。我が国との間で権益争いも様々に生じるでしょうし、東南アジアにも一部で強い反中感情がありますから、米軍の関与の縮小は地域の「不安定化」につながるかも知れないわけです。

ところで先日、『表現者クライテリオン』のシンポジウムの後に、沖縄のさらに最西端の与那国島に行きましたが、そこから地図をみながら周辺国への距離を意識してみると、本州にいる時とは地理感覚が大きく変わりました。中国や台湾はもちろんですが、ベトナムやフィリピンも東京より近いので、日本の国土が東アジア〜西太平洋の勢力分布の「中心」に片足を突っ込んでいるのだなということがよく実感できるのです。

すると、誤解を招きかねないので言い方に気をつけないといけないのですが、かつての「大東亜共栄圏」の空間的イメージがある意味で自然に思えてくる面もありました。もちろん私はこれから植民地を広げるべきだなどとは思いませんし、日本が地域の「指導者」役を買って出るのが良いと言いたいわけでもありません。しかし、外交や軍事上の戦略の前提となる地理的感覚として、大東亜共栄圏ぐらいの範囲の秩序に関心を払うのは案外普通のことではないかと思うわけです。

よく言われるように中東方面から日本に至るいわゆる「シーレーン」の確保を考える上でもそれは重要でしょうし、アメリカ海軍の第7艦隊も、インド周辺から東南アジアを挟んで西太平洋までを一望に収める形で戦力を展開しています。こういう広い範囲において、今後アメリカの影響力が縮小していくことの持つ意味合いを考えなければならないのだと思います。

東アジア周辺における力の分布の全体像について、戦後日本人はあまり関心を持ってこなかったと思います。昔でいえば「アメリカとソ連が決めるもの」、今は「アメリカと中国が決めるもの」という程度の認識なのではないでしょうか。しかし日本も立派な地域大国なのですから、戦前のような形ではなくとも、「大東亜」の秩序形成に果たす役割は本来は大きいはずですし、少なくとも意識は及んでいないとまずいでしょう。
(なお、「大東亜」は「偉大なる東アジア」という意味ではなく「拡大東アジア」という意味で、英訳もgreatではなくgreaterが当てられます。)

東アジア周辺の勢力の分布や均衡に関して、過去の日本が果たしてきた役割や責任もじつは極めて重かったのだということを、最近出た細谷雄一氏の『戦後史の解放II 自主独立とは何か』(新潮社)という本を読んで改めて認識しました。ちょうど今週、発刊記念イベント(↓)もあるらしいです。
https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/01cfmdzqbh2i.html

本書は日本の戦後史を「対米従属」の歴史とみることに批判的で、日本は主体的かつ戦略的に「国際主義」の理念を実現してきたのだと主張しているもので、その歴史観そのものには私自身はあまり賛同できません。もちろん日本が主体的に振る舞ってきた側面と従属的に振る舞ってきた側面は両方あり、前者にフォーカスした議論も興味深いのですが、私はやはり後者の弊害の大きさが気になるためです。ただ本書が、「アジア太平洋域におけるパワーの空白を誰が埋めるのか」という観点で歴史を整理している点は非常に面白いと思いました。

例えば、もともとパラオなどの南洋群島は19世紀からドイツ帝国が領有していたわけですが、第一次世界大戦に敗れたドイツはこれらを手放すことになり、西太平洋に「力の真空」状態が生じた。この真空を埋めるべく日本が勢力を拡大して「帝国」を築き上げていき、英米との間では摩擦が目立つようになってきて、結局は戦争にまで至るわけです。そしてこの日本の敗戦、つまり大日本帝国の崩壊がこの地域に再び「力の真空」をもたらしたことの、後への影響もかなり大きいと本書は言います。

日本が「戦後」を迎えても、アジアでは中国内部での国共内戦、第一次インドシナ戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争と戦火が耐えませんでした。マクロにみればこれらは、「大日本帝国」の構想が失敗した後に生まれた「力の真空」が地域全体に不安定化をもたらした結果であるとも言え、それは歴史上の大帝国が滅びた後に必ず不安定な時代が訪れるのと同様である、と言うわけです。

確かに考えてみると「大日本帝国」は、勢力の保持期間そのものは非常に短かったものの、領域の広さで言えばローマ帝国や、アレクサンドロス大王のマケドニア帝国や、中東一帯を600年に渡り支配したオスマン帝国よりも広かったわけで、「日本の敗戦」に関する我々の普段のイメージは過小評価かも知れません。我々は「日本が敗れた」ことばかりを語りがちで、それはもちろん国民として仕方がない面がありますが、東アジア周辺の歴史を長い目で見る際には「一つの帝国の構想が潰えた」ことのインパクトに目を向ける必要があるわけです。

「日本列島の外側」に意識を払うことが少なくなった現代日本人は、過去の歴史にまで、そうした「視野の狭さ」を持ち込んでしまっているのではないか。そんなことを考えさせられました。

※今週は川端の都合により、柴山さんに曜日を交代して頂きました。
※URLが20181025になってしまっておりますが、9月25日の記事です。

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