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【小浜逸郎】なぜ間違った権力と知がまかり通るのか

小浜逸郎

小浜逸郎 (評論家/国士舘大学客員教授)

いまこれを書いている最中、家の前で水道管の取り換え工事が行われています。
だいぶ前に、道路に印をつけ、その後掘削の幅に合わせて、カッターで道路をまっすぐ切っていました。
今朝、車を出すかどうか打診がありました。今日は大丈夫ですとお返事しました。
先々週にもあったのですが、その時には、万一その日の工程が拙宅のガレージの前にまで及んだ場合、車をどこに置けばよいかの手はずを詳しく説明していただきました。
でもその日は、ほんの少し手前で作業が終わったのです。
朝9時から夕方5時まで、作業員の人たちは、力を合わせ、声を掛け合って仕事に集中しています。50センチ幅ほどの溝を深く長く掘り、新しい水道管を入れてつないでいきます。
断水しないのはなぜかな? 別の場所にもう一本別のが埋まっているのかな? と素朴な疑問を抱いたので、昼休みになってから、作業員の人に聞いてみました。
やはりそうでした。
新しいのをつけ終わってから切り替える時に30分程度断水するが、その時は予告するとのこと。
考えてみれば当たり前だなと、こういう方面に関する不明を恥じました。
作業員の人たちは、このたいへんな肉体労働を、慣れた手つきですらすらと進めています。

駅の近くに古い大きな団地があって、よくそこを通り抜けるのですが、いっとき大規模修繕工事をやっていて、あちこちに足場が組まれていました。
ある時、作業員の人たちが数人、私と出会ったのですが、丁寧にお辞儀をしました。
私もあわててお辞儀を返しました。
おそらく、「団地の住人や通行人にはご迷惑をおかけしているのだから、あくまで礼儀正しく」というスピリットが、上から下まで徹底しているのでしょう。

またしばしば感じることですが、ある時期からの日本の現業労働者は、昔の荒くれ男のイメージと違って、たいへん紳士的なマナーを身につけるようになったと思います。
このこと自体はたいへん良いことで、これからもそうあってほしいのですが、問題は、彼らの待遇が、その仕事の大切さに見合うものであるかどうかという点です。
彼らがいなかったら、私たちの生活はいっときも成り立ちません。
つらい肉体労働と紳士的な態度とを両立させながら、低賃金に甘んじているとしたら、これは極めて不条理なことです。
彼ら(土木建設、医療、介護、物流現場、発電所などで働く人たちも含めて)こそが、高給と十分な余暇とを保証されるべきなのです。
水道民営化や移民法に代表されるグローバリズム政策よって、彼らの給料がさらに下がってしまうことに大きな危機感を覚えます。

緊縮真理教に染まった財務官僚や「民間議員」と称する財界の有力者たちのおかげで、デフレから脱却できないために、GDPは停滞し、実質賃金は下降し続けています。
彼らの周りには御用学者や御用マスコミ人がもっともらしく権威面をしてたむろし、ウソを振りまいています。
そして、この人たちは、いずれも超高給取りです。
ウソを垂れ流し続けて高給が取れる――これはいったいなんでしょうか。
国民生活に貢献する政策を実現したり、多くの人々のためになる言説を展開したり、人類の役に立つ研究成果を発表していたりするなら、大いに高給を取ってかまいません。
しかし上に挙げた人々に関するかぎり、事態は真逆です。
付け替えたとたんに漏水してしまう水道管を設置した会社があったとしましょう。また、床の傾いた家を作った大工さんや、まずくて食えない料理を作ったシェフがいたとしましょう。彼らの生活は一発で終わりです。
ところが、国民を不幸に追いやる政治家・官僚、ウソ言説を垂れ流して恥じない学者・マスコミ人たち、彼らはバカなことを言ったりやったりしながら、平然として高給を手にしている。定年後の就職先まで保証されている。
この権力と知の歪んだ構造はなぜ許されているのか。

私はかなり前からこの問題について考えてきました。
緻密な答えが得られたわけではありません。
ただ原理として言えるのは、彼らが、言葉を用いることを専門にしているからだということです。
近代は実力勝負の時代で、世襲貴族の時代ではありませんから、彼らの誰もが高い地位や権力や財産を継承したわけではない。
すると、その実力の大きな部分が、よくも悪しくも言葉の力だということになります。
水道管の付け替え技術や建築技術や料理術は、そのつど個別的にしか適用されません。
これに対して、言葉というものは、あらゆる生活場面、職業場面で使わなくてはならない普遍的な性格を持っています。
そうしてそれは空間や時間を超えて伝えることができます。
上に挙げたいろいろな技術にしても、それが一定の技術として確立・維持されるためには、言葉の積み重ねと継承が不可欠です。
ここがまさにミソです。

言葉は現実を虚構するところにその本質を持っています(詳しくは、拙著『日本語は哲学する言語である』参照)。
虚構とは、単にウソ八百という意味ではありませんが、そういうことを可能にすることも確かです。
料理に毒を混ぜることはできますが、料理そのものにウソをつかせることはできませんね。
でも言葉はそれ自体として、それができてしまうのです。
ウソとは言葉の世界でのみ成り立つ現象です。
そこで、いわゆる頭のいい人、要領のいい人は、習ったこと(事、言)、伝え聞いたこと(事、言)を材料にして、素早く物語(認識)を組み立てて人々に伝えます。
普通の人は、自分が直接に触れた物事以外のことを知りませんから、驚きとともにそれらを信じるわけです。
こうして物知りは尊敬され、そこに権威が成立します。
一度権威が成立すると、その権威者は、言葉の専門家としてますます権威の地盤を固めてゆきます。
もちろんその中には、人々をより良い方向に導く知恵も含まれているでしょう。
しかし、権威をもって言葉を駆使する者たちが、いつも正しい判断を下すとは限りません。
権威に胡坐をかいて、途方もない間違いを犯すことはいくらでもあります。

物知りであることと正しい認識や判断を下せることとは別です。
むろん物知りはそれだけ視野が広いわけですから、両者の間にある程度までは相関関係が成り立つと言えるでしょう。
でもたとえば、消費増税や移民法や水道民営化などが正しい政策であるかのように人々をたらしこむ勢力が、私たち国民のために優れた言葉を発しているとはとても言えませんね。
彼らは手にしている権威を悪用して、グローバル資本への奉仕がよいことだというバカげた判断を下す癖を身につけてしまっているのです。
しかしいったん言葉の専門家としての権威が確立すると、人々は往々にして、「あの人はあれだけものを知っていて優秀なのだから、認識や判断も正しいに違いない」と錯覚してしまうのです。
こうして人々は、権威の衣に騙されて、彼らにたくさんのお金を貢ぎ、高い地位を保証します。
これが、知識を商売とする人たちがたとえデタラメを吹聴しても、なぜ高給を取り、政治や経済を動かすことができるかを解き明かす秘密です。

こういう弁論術に巧みな人たちは、古代ギリシャでは、ソフィストと呼ばれました。
ソクラテスは、彼らが人々の尊敬を勝ち得ているその肝心の部分に欺瞞を嗅ぎつけ、彼らに議論を吹っかけては、そのインチキ性を暴露して歩きました(もっとも、プラトン描くところのソクラテス自身が超一級のソフィストでもあった、と筆者は思っていますが)。
私たちは、いわれなき権威の衣をまずはぎ取って、その人の言っていること、やっていることが、本当に私たち自身のためになるのかを見破る力を身につけなくてはなりません。
裸の王様に高給や高い地位を与えず、私たちの実生活を真に支えてくれる人たちに高給を与えるような社会にしていきましょう。

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