『表現者criterion』メールマガジン

【小浜逸郎】日本の自死の心理的背景

From 小浜逸郎(評論家/国士舘大学客員教授) 

昨年九月に、このメルマガで、稀勢の里と大坂なおみ選手を比べながら、ルーツやアイデンティティの異なる有名人を無理やり日本人にしたがる日本の習性のおかしさについて述べました。
https://the-criterion.jp/mail-magazine/m20180928/

その後4か月、ほぼ同時期に、稀勢の里は引退、大坂選手は見事に全豪オープンで優勝し、世界ランキング一位を獲得しました。
明暗がくっきり分かれたわけです。
前記事における筆者の論理からすれば、これは極めて情けない事態だということになります。
それ見たことかとまでは言いませんが、稀勢の里の引退には横綱を続けるだけの実力がないことが証明されたのです。
一方、大坂選手は、ルーツもアイデンティティも日本人ではないのに(だからこそ?)、21歳でテニス界の女王に輝いたのです。

ところが、日本のマスメディアは、こぞって強引にも彼女を日本人として遇し、このたびの栄冠を、あたかも日本人の名誉であるかのごとくに扱いました。
NHKなどは、レギュラー番組を中止してまで、全試合を放送したのです(じつは筆者も、ほんの少しは彼女を応援したい気持ちがあったので、一部見たのですが)。

ところで、1月31日付で書かれた窪田順生氏というノンフィクションライターの、次のようなネット記事を見つけました。
https://diamond.jp/articles/-/192484

この人が書いていることの「思想」にはまったく共鳴できませんが(事の困難を見ない単純な多文化共生主義なので)、指摘されている「事実」には信頼がおけます。
ことの発端は、日清食品のCMのイラストです。
このCMは、人気漫画『テニスの王子さま』にもとづいており、この漫画に登場する「アメリカ代表候補のC・リデル」が、大坂選手と同じような褐色の肌で描かれているのに、大坂選手のほうは、錦織選手と同じ白色で描かれているというのです。
ニューヨーク・タイムズが「ホワイト・ウォッシュ」ではないかという批判記事を載せて、大騒ぎになりました。
https://www.j-cast.com/2019/01/23348707.html?p=all

いかにもNYタイムズがつつきそうなネタです。
日清食品は、「多様性に配慮が足りなかった」として謝罪し、CMを削除しました。

その後、時事通信が、「なぜ多くの人が騒いでいるのかわからない」という大坂選手のコメントを載せた記事を配信し、朝日新聞もそれに追随するような発言内容を載せたそうです。
ところが窪田氏によると、これは「デマ」だったということです。
時事通信も朝日も、その後訂正記事を載せました。
窪田氏の記事から引用しましょう。

 《例えば、先ほどの「なぜ多くの人が騒いでいるのか分からない」というのは、訂正後は「このことで心を乱される人たちのことも理解はできる」と、180度逆の意味になってしまっているのだ。
  しかも、時事通信とほぼ同じ内容の報道をした朝日新聞の「訂正して、お詫びします」という記事を見ると、先ほどの言葉の後に、「この件についてはあまり気にしてこなかった。答えるのはきちんと調べてからにしたい」と述べている。気にしないどころか、これを契機にホワイトウォッシュや差別という問題について意識をすると述べているのだ。ちなみに当初、朝日ではこのコメントを「この件についてはあまり関心が無いし、悪く言いたく無い」と「誤訳」していた。》

この後、窪田氏は、こうした現象の背後に、悪意はなくとも、大坂選手のアイデンティティや心情を無視して、勝手にこちらが望むように「日本人化」していく日本人の無意識の意図があると指摘します。
次の記述を見ると、そのことを示す「事実」の指摘にいっそう賛同できます。

 《幼い頃からアメリカで育って日本語に不慣れな大坂さんにとって、自分の気持ちを正確かつストレートに伝えるのには英語がもっとも適していることは言うまでもない。しかし、日本のメディアはこんな質問を繰り返した。
「今の気持ちを日本語で表現するとしたらどんな気持ちですか」
「クビトバ選手、左利きの選手だった。大変だったと思うんですけど対応が。まずは日本語でどれぐらい大変で難しかったかって一言、お気持ちどうでしたか」
 大坂さんに一言でも二言でもポロッと日本語で語ってもらい、それで「出ました!なおみ節」という日本の伝統芸能のような大騒ぎをしたいというメディア側の事情もよくわかるが、どう考えてもやりすぎだ。実際、「大坂さんは英語で言わせていただく」と拒否している。》

大坂選手の「拒否」は、複雑なことを日本語で言えない以上、当然のことで、「日本人化」を強いる記者たちのアホぶりが目立ちます。

窪田氏は、同記事の中で、このような「日本人化」を強いることは、「非常に恐ろしいことだ」と述べています。
なぜ「非常に恐ろしいこと」なのかというと、多様性を無視した日本人中心主義がそうさせているからだというのがその理由のようです。
しかし、筆者はこれには全然同意できません。
窪田氏に限らず、いま日本の知識人、政治家、マスコミは、「ナショナリスト」とか「人種差別主義者」とかレッテルを張られるのを極度に恐れており、その怖れに目を塞ぐために、「多様性の尊重」という欧州由来の新しいイデオロギーに、あっという間に洗脳されてしまったのです。
しかし「多様性の尊重」という態度が原理主義と化した結果、欧州がどんな惨状を呈しているかは、かの地域の移民・難民問題を見れば一目瞭然です。
日本は、まだ欧州ほど移民・難民問題が深刻化していないので(一部ではしていますが)、「多様性の尊重」とか「多文化共生」といったイデオロギーをのんきに受け入れていられるのです。

先のメルマガで、筆者は、次のように述べています。

《筆者が気になるのは、日本で起きている「なおみフィーバー」では、彼女が人種的に中米系の血が濃厚であり、育ちがアメリカであり、母語が英語であり、二重国籍者であり、現在もアメリカ在住者であるという事実をまったく気に留めず、ひたすら日本人としてしか扱っていないという点なのです。
つまり、そこに、はしゃいでいる日本人たちの強引さを感じるわけです。
このフィーバーの背景には、彼女は何が何でも根っからの日本人、と思いたがっている日本人たちの深層心理が作用してはいないか。
(中略)
この傾向は、自国の文化や存在感が世界にあまり認めてもらえないので、無理にでも国際的日本人を作り出そうとする、一種の「弱さのナショナリズム」ではないでしょうか。
またこれは、日本人力士を、その実力のほども正確に見積もらずに、彼がただ日本人であるという「観念」だけで異様なほどに応援する心理と背中合わせではないでしょうか。》

引用でわかる通り、筆者は、窪田氏とは違って、日本人が「多様性」や「多文化共生主義」を認めないから、大坂選手に対する日本人の態度に違和感を持つのではありません。
逆に、ちょっとでも日本人にかかわりがあれば、その人を日本人と思いたがってしまう安易な傾向のうちに、対世界コンプレックスと、健全でない、弱さのナショナリズムを見出すからなのです。
これは、その大きな弊害も問わず、管理体制も整わず、ろくな審議もせずに、移民法(出入国管理法案)を安易に国会通過させてしまう集団心理と表裏一体です。
なぜなら、このたびの移民法案の国会通過を許してしまった事態のなかには、「日本に来さえすれば、四分の一か五分の一くらいは日本人になるのだから、とにかくあとは来てから何とかしましょう」といった、何の国家戦略もない、安直極まる空気が感じられるからです。
そんなに甘いものではないことは、いま欧州の例で述べたとおりです。
つまり、国際社会に対峙する時のものの見方が根本的に甘いのです。

遅ればせながらダグラス・マレー氏の『西洋の自死』を読みました。
西欧近代のイデオロギーである「人権と自由と平等と寛容さ」が、イスラム系の人たちを中心とした移民・難民の急激な増大を許しました。
この本では、これによって、いかに自分たちの実存とアイデンティティを根底から侵されつつあるか、その恐るべき実態が、これでもかこれでもかと言わんばかりにリアルに表現されています。
つまりそれは、EU委員会やメルケル独首相をはじめとする西欧のエリートたちが、「多文化共生」という麗しい名目に隠れて、真実を隠蔽し、何らの有効策も打たないままに安手の人道主義という欺瞞を続けてきたツケなのです。

日清食品のCMを批判のまな板に乗せたNYタイムズは、西欧ではなく、アメリカの新聞ですが、その批判の思想的な基盤は、西欧の移民・難民の無際限の受け入れを可能にしたものと同じです。
つまり、褐色の肌を白い肌に置き換えて表現することは、たとえ何気なくそうしたことでも、その差別性を糾弾されなくてはならないのであり、ポリティカル・コレクトネスに違反することなのです。
この非妥協的な原理主義が、いま欧米先進諸国を後戻り不可能なほどに荒れ狂っています。
これに異議を唱えることはおろか、疑問を持つことさえ許されていません。
要するに、人権や平等や自由という名の全体主義が支配しているのです。
もちろん、この支配に対する抵抗と逆襲がヨーロッパ各国で起きてはいますが、その行く末は混沌としています。

日本は、こうした恐ろしい事態を「他山の石」として学ぶのではなく、反対に、いつもの「出羽守」によって、見習おうとしています。
なおみフィーバーによって大坂選手を是が非でも「日本人」にしたがる日本人の心理は、裏を返せば、大量移民受け入れが何をもたらすのかについて、何の危機感も抱いていないことの一つの証左なのです。

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