本日は8月16日発売、『表現者クライテリオン2024年9月号 [特集]指導者の条件』より、特集論考をお送りいたします。
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朱子によれば、倫理と政治は不可分のものであり、
「徳」による国家目標と人材配置によって、「信」が生まれると説く。
「民は之を由らしむべし。知らしむべからず」(『論語』泰伯篇、第九章)という言葉がある。これを「国民には政治について詳細を告げるべきではない」と誤用する例が、今も後を絶たない。
だが、それは近代になって儒教批判を行う際に用いられた、悪質なプロパガンダであって、江戸時代までの解釈では、「国民一人一人の家を訪れて、政策の細かいところを納得させることはできない。したがって、この人なら間違いない、と信頼させなければならない」というものであった。
孔子(前五五二~前四七九)は、政治の本質として「信」を説く。たとえば高弟である子貢(前五二〇頃~前四五六頃)が、政治について質問した際、孔子は「食(食糧供給)」、「兵(軍備充実)」、「信(信頼醸成)」の三つを挙げた。これに対し、やむを得ずどれかを犠牲にするとしたら、何を選択するかと聞くと、「兵」をまず犠牲にし、次に「食」を犠牲にすると答えた。そして、「信」だけは何があっても失ってはならないと言う。有名な「民、信なくんば立たず」(『論語』顔淵篇、第七章)は、ここで登場する言葉である。
いくら経済や軍事に注力しても、信頼がなければ不正や不服従によって機能不全を起こし、やがて滅亡する。最も大事なことは、それを行っている人間であり、人間が信頼に値しなければ、一つとして物事は成し遂げられない。
こう聞くと、当たり前のことを言っているように見えるかもしれないが、案外そうでもない。国会や討論番組では、数字やグラフ、あるいは外国の論文などが仰々しく持ち出され、政策が「科学的」に証明されたものであるかのような議論がなされている。政策は普遍の真理であって、誰が実行しても同じ成果となるかのように語られるのである。これはそれを行う人間への信頼とは関係なく、「知らしむべし」である。政界のみならず、財界や学界など、あらゆる業界で、こうした「真理」にもとづく人間不在の論理が一人歩きしている。こんな考えだから、人として許されない不正や醜聞を犯した人間が、「あの人は仕事はできる」とか、「仕事の成果で挽回する」とかという理屈で復帰するのである。
社会全般に蔓延する不信は、実にこの一点によって培われている。つまり、「道に聴いて塗に説く(右から左に聞きかじったことを語ること)」で、上は国際政治から下は庶民生活に至るまで、何でも知り尽くしたような批評や見通しを提起する割に、約束した結果や状況にならず、そのくせ毎度懲りもせずに同じような不正や醜聞を繰り返す態度に、多くの人はいい加減相手にする気も失せているのである。これこそ恐るべき「信」の喪失に他ならない。
こうしてみると、現代日本人は実に「知らしむべし」にふりまわされているのであって、「数字や蟹文字など並べられても知らない。結果が出せないなら信用できない」と言わねばならない。「知っていることを知っているとし、知らないことを知らないとする。これが知るということだ」(『論語』為政篇、第一七章)は漢文教科書の常連だが、名門大卒の学歴を看板にした官僚や代議士、大学教授、経営者、アナリスト、外国人を前にして、あなたの使う小難しい言葉は「知らない」「分からない」と屈託なく言える人は、そう多くない。
では、人間に対する「信」とは、どのように醸成されるのであろうか。…続きは本誌にて…
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