最新刊、『表現者クライテリオン2024年11月号 [特集]反欧米論「アジアの新世紀に向けて」』、好評発売中!
今回は、特集座談会の一部をお送りいたします。
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混乱し、衰退していく日米欧。では、その衰退を導いたものとは何なのか?
第一次グローバリズムによって「没落」していった二十世紀初頭の西欧史を振り返り、
さらに、戦前の「近代の超克」論までを視野に収めながら、その「没落」の思想的原因を探る。
二〇二二年、モスクワ郊外で開かれたヴァルダイ会議(二〇〇四年から続く国際討論クラブ)において、一時間の演説を行ったプーチン大統領は次のように語っていた、「今、世界情勢における西洋の独壇場は終わりを告げ、一極集中の世界は過去のものになりつつあります。私たちは、第二次世界大戦後、おそらく最も危険で予測不可能な、しかし重要な十年を前にして、歴史の分岐点に立っているのです」(佐藤優訳、「ウクライナ戦争の真実」『文藝春秋』二〇二三年一月号初出、『トッド人類史入門──西洋の没落』文春新書所収)と。
たしかに、政治的意図を持つ大統領の発言を信じ過ぎるのは危険である。が、現在の世界情勢を見るにつけ、この発言を大言壮語だと切り捨てることもまた困難だろう。
一九九五年には、世界のおよそ七三パーセントを占めていた日米欧のGDPシェアは、今では、その割合を五〇パーセント以下にまで縮小させており、その傾向に歯止めがかかる気配はない。というより以上に、今や日米欧は、この「歴史の分岐点」に際して、羅針盤を持たぬ小船よろしく、波間に漂い混乱する漂流者のようにさえ見える。
たとえば、冷戦後のなり振り構わない「帝国」の拡大=グローバリズムによって、世界紛争(ウクライナ戦争と中東紛争)と自国の分断とを生み出してきたアメリカにおいて、もはや纏まりのあるアイデンティティ(アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ)は、どこを探しても見つからない。そして、その不安に拍車をかけているのが、近い内に国内のヒスパニック人口と、白人人口とが逆転するという統計だろう。これまでWASP(White, Angro-Saxon, Protestant)の記憶によって辛うじて保ってきたアメリカの伝統も、二〇四〇年を境にして瓦解するかもしれない……そんな、アメリカ人の無意識の不安と怯えは、増え続ける白人男性の自殺者数や陰謀論の流行、あるいはトランプ現象に看て取れる。
では、欧州は健康なのかと言えば、むしろ「病膏肓に入る」がゆえに、誰もが本質的な興味が持てないでいるといった方が正確だろう。文化的規範を無視した「移動の自由」によって集団的纏まりや方向性を失い(ただし、ここ最近はEU域外からの移民・難民に対しては、その対応を厳格化しているが)、さらには、国家の事実を無視した「単一通貨ユーロの導入」によって、国独自の金融政策と財政政策とを失った欧州各国は、今や、EU官僚の操り人形と堕しているかのように見える。言うなれば、ジュネーブにある「城」(カフカ)を基点にして、国家の必然性とは無関係にクルクルと回る自働機械、それがEUだということである。
家族人類学者のエマニュエル・トッドによれば、この「西洋の没落」の原因は、家族、宗教、国家といった枠組みを無視して、「『集団』なしに『個人』が存在する」と思い込んだ英米型個人主義を世界大に拡大したことの結果だということになるが、それをヨーロッパにおけるキリスト教の後退と重ね合わせて論じていたのは、『西洋の自死──移民・アイデンティティ・イスラム』(二〇一七年/邦訳二〇一八年)を書いたダグラス・マレーであった。
「たとえば我々はキリスト教なのか? この問題は二〇〇〇年代に、新たな欧州連合(EU)憲法の条文を巡る議論の焦点となった。その中に、この大陸のキリスト教の伝統に対する言及がまったくなかったからだ。〔…〕
この議論は欧州を地理的、政治的に分断しただけではなく、隠しようもない大望を露わにした。なぜなら西欧では宗教が退潮していただけではなかったからだ。その空隙にはある願望が湧き上がっていた。すなわち二十一世紀の欧州の権利、法、制度の自立的な体系を持ち、またその体系はそれらを生み出した根源が消えても存続しうるのだと示そうとする願望だ。
我々はカントが論じた鳩よろしく、空気のない場所に住めば風に悩まされずにもっと速く飛べるのではないかと考えた。現実には、その風があるから飛べるというのにだ。」『西洋の自死──移民・アイデンティティ・イスラム』町田敦夫訳、東洋経済新報社
ここでマレーが指摘しているのは、西欧の個人主義=自由主義の「根源」にはキリスト教があったにもかかわらず、今や、その「根源」は完全に忘れ去られているということである。自由主義が、「信仰の自由」を守るための手段である限りは、それが自らの文化的価値基盤=方向性を見失うことはなかった。が、守るものを失った自由主義は、単なるエゴイズムを擁護するだけの権利意識へと堕し、逆に、それを生み出した足元の共同性と宗教性とをバラバラに解体してしまう。いや、だからこそ、その〈エゴイズム=権利〉を調整するための法、制度の「自立的な体系」が求められることにもなるのだろうが、それらの制度(コンプライアンス)が自立性を高めれば高めるほどに、つまり、システムの自動回転が加速すればするほどに、ますます「自由」の手応えは失われ、欧州人は、「実存的ニヒリズム」(学習性無力感)へと囲い込まれてしまったのだった。
しかし、だとすれば、私たちを含めた〈日米欧=先進国〉の問題は明らかだろう。
要するに、自己の輪郭の幅(限界)を見定めるためのアイデンティティへの問いと、その問いを導く信仰の在り処を見失ったことの頽落と不安、それが「西洋の没落」の根源にある問題だということである。何をどのようにして守り、何をどこまで譲るのか、その基準が見えない限り、自/他のけじめは曖昧にぼやけ、それが、他者に対する過剰な「期待」と過剰な「恐怖」とを呼び出し、ついには、自己喪失を招来する。これが、今、「欧米」が直面している危機の正体であり、その実存的ニヒリズムの実態である。
しかし、自分たちの宗教的伝統を見失ったことによる「没落」は…(続きは本誌にて)
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