「辺野古転覆事故」をめぐって玉城デニー知事が語ったこと──抗議活動家達に寄り添う人物に県知事たる資格はあるのか

藤原昌樹

藤原昌樹

「報道しない自由」を行使しているのか?-「辺野古転覆事故」をめぐる報道

 2026年3月16日午前、沖縄県名護市辺野古沖で研修旅行の「平和学習」の一環として高校生らが乗った小型船舶2隻が転覆して生徒18人と乗組員3人が海に投げ出され、同志社国際高校2年の女子生徒と船長の2人が亡くなり、十数人の生徒が負傷する痛ましい事故(辺野古転覆事故)が発生してしまいました。

 この辺野古転覆事故については、放送倫理・番組向上機構(BPО)に「放送局全体で報道回数が少ないのではないか」と疑問視する声が視聴者から多く寄せられていることが報じられていますが、沖縄のマスメディアも例外ではありません。全く報道していないという訳ではないことから「報道しない自由」を行使していると断ずることまではしませんが、詳しく報じ続けている『産経新聞』と比較して、その情報量の少なさは明らかです。

 その結果として、沖縄県民もSNSなどを用いて積極的に情報を収集しなければ、辺野古転覆事故の詳細について知ることができない状況に置かれています。

 例えば、玉城デニー知事は定例記者会見で辺野古転覆事故について発言していたのですが、多くの県民が「事故について玉城知事が会見で何を語ったのか」を知らずにいます(注1)

 『琉球新報』『沖縄タイムス』両紙は、玉城知事が「沖縄県が核廃絶を目指す国際団体『グローバル・アライアンス』に加入した」「沖縄の大型MICE計画について『2033年度上半期の供用開始を目指す』」と発表したことや米軍の中東派遣をめぐって戦闘の即時停止を訴えたこと(3月27日)、日米両政府が普天間飛行場の全面返還で合意してから30年となるのを前に「普天間の固定化は断じて許されない」として早期返還を要求したこと「今月25日に知事選への立候補を表明する」「辺野古問題が争点になる」との考えを示したこと(4月10日)などを報じる一方で、辺野古転覆事故に関する発言には一切触れていないのです。

玉城デニー知事は定例記者会見で何を語ったのか

 玉城知事は3月27日の定例記者会見で、今回の事故で転覆した2隻の小型船が普段、辺野古移設に反対する抗議船として運航されていたことについて、「抗議船というくくりで安全性に問題があるということではなく、抗議にも使われている船で、目的に合わせて使用されている船だ」との認識を示しました。「抗議船だから危険という訳ではない」との見解です。「反対協」との関係については「辺野古移設反対という考え方は私と共通するところがある」と述べて「海上で抗議活動を行っていたことは承知しているが、詳細は把握していない」と語り、抗議船に「平和学習」の生徒らを乗せていたことについては「学校側と反対協とで十分な連絡を取り合っていたものと認識している」と述べるにとどめています。

 また、4月10日の定例会見では、同志社国際高校が「平和学習」として現場を訪れていたことについて「沖縄県の平和学習の基本的な考え方と共通している」との認識を示しました。「辺野古移設工事現場を洋上から船で見学することが平和学習の一環と思うか」との質問に対して「安全性を確保した上で、生徒の考えや議論が深まるようさまざまな見解を提示し、現地を視察することによって、活動の趣旨、目的、安全性、中立性が確保された上での教育の一環であるという考え方は共通していると思う」と述べたのです。「抗議船として使われていた小型船舶に乗り、洋上から移設工事を見学することも平和学習だとした場合、県が掲げる『平和教育の基本的考え方』のどの項目に合致すると思うか」とも問われていましたが、玉城知事が答えることなく会見を終えています。

 知事記者会見の動画は、「玉城知事が何を語り、何を語らなかったのか」ということだけではなく、その語り口や振る舞いをも伝えてくれています。

 3月27日の会見の終盤では、記者から「望ましい平和学習についての知事自身の考え」や「平和学習の実態調査やヒアリングを行うか否か」を問われて言葉に詰まり、狼狽えつつも必死に手元の資料をめくり、ようやく答える玉城知事の様子を確認することができます。

 「事前の情報収集が大事である」「今後、どのような調査を行い、実態を把握するかということについても引き続き検討していきたい」など当たり障りのない、恐らくは事務方が準備したであろう文言を読み上げていたのですが、県政のトップである知事が、事故から既に10日もの時間が経っていたにもかかわらず、「平和学習」について自らの言葉で語ることができず、実態調査をするか否かの方針を示すことさえできないということに驚かされます。

 玉城知事が辺野古転覆事故について語る、その語り口はまるで他人事のようです。

抗議活動に利用される「平和学習」

 この辺野古転覆事故をめぐっては、亡くなられた武石知華さんのご遺族が「愛する娘を巡りこれ以上誤った情報・認識が広まってほしくない」として、インターネットの「note(ノート)」で情報発信(辺野古ボート転覆事故遺族メモ)を始めており、「沖縄研修旅行の異質さ2」と題する記事で、平和学習の「あるべき姿」を分かりやすく記してくれています。

沖縄や辺野古という場所は、平和、戦争、命、歴史、基地、環境、国防、日米関係、地政学といった、様々な現在進行中の課題を肌で感じることができる場所です。もし学校教育の一環としてここを訪れるのであれば、これらを多面的に考える場が提供されるべきかと思います。しかし、どちらか偏った情報を一方的にインプットされるのであれば、それはもはや「平和教育」ではありません。そのような場に、研修旅行と称して生徒を連れて行くべきではありません。

 しかし残念ながら、沖縄の「平和学習」(の一部)が抗議活動に利用されている現状が、その「あるべき姿」からかけ離れたものになってしまっていることは明らかです。

 「ヘリ基地反対協議会」(以下、「反対協」)が事故当日の会見で、修学旅行での海上案内の頻度について「年に数回程度」と話していましたが、「もっと頻繁に学生を乗せて海に出ていた」との地元住民の声「辺野古移設工事の現場を訪問する研修旅行が相次いでいる」との報道もあることから、「平和学習」のプログラムとして「辺野古の見学」が定番化し、偏狭な思想を持った教員や抗議活動家達が学生達を「オルグ」することを目的に「平和学習」を利用していたものと推察されます。

 いまどきの学生達は大人が想像するよりもずっと利口ですから、実際に「オルグ」される可能性は低いものと思われますが、真面目な学生ほど「オルグ」されてしまう可能性が高いことは否定できません。

 また、抗議活動家達にとっては、たとえ1人も「オルグ」することができなかったとしても、「平和学習」で大勢の学生が辺野古の抗議活動の現場を訪れることによって、対外的に「多くの学生達が辺野古の抗議活動に賛同している」とアピールすることができるのです。

 いずれにせよ、沖縄の「平和学習」が辺野古の抗議活動に利用されていることに違いはありません。

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抗議活動家達「だから」起きた事故ではないのか

 「反対協」をはじめとする抗議活動家達の実態については、また改めて詳しく論じたいと考えていますが、沖縄の活動家達に共通する特徴は「常識」が欠如し、遵法意識がないということです。

 抗議活動中の女性と警備員が死傷した安和桟橋のダンプカー事故の際に論じましたが、彼らにとっては自分たちの活動(の継続)が最も優先されるべきことであり、そのためには社会のルールを守らなくても許される、一般人への迷惑をかけても構わない(迷惑だと思う方が間違っている)と考えているように見受けられます。

 今回の事故では、迷惑をかけるどころの話ではなく、船長と女子生徒の2人が亡くなり、十数人の生徒達が負傷する事態となりました。

 百歩譲って、今回の事故で亡くなられた「不屈」の船長のように、(本人は、決してそのように意図していたとは思いませんが)彼ら自身が自らの思想・信条に殉じて犠牲になる、極端な場合には自らの生命をも投げ出すというのであれば、第三者がとやかく言う話ではないのかもしれませんが、彼らの思想・信条や抗議活動とは何ら関係がなく、罪がない生徒達が巻き込まれて犠牲になるということが許されてよいはずがありません。

 しかも彼らは、今回の転覆事故が「安和桟橋の死傷事故」と同様に、彼らの無謀な抗議活動が引き起こした事故であるにもかかわらず、「強権的な工事が生んだ悲劇」との文脈で語り始めています。彼らが自分達の仲間である船長を殉教者であるかの如く祀り上げることについては「勝手にやっていろ」と思わなくもないですが、武石知華さんについて「思いはきっと、『辺野古のこんな無謀な工事はやめてくれ』という意味で辺野古に来ていただいたと思う」と語ることは、「抗議活動を正当化する犠牲者の象徴」として利用しようとする「死者の政治利用」であり、到底許されるものではありません。

 知華さんのご遺族も「まるで自分たちの仲間であったかのように語ることは到底、許容できません」と厳しく批判しています(沖縄研修旅行の異質さ)。

 このように、明らかに「常識」とは異なる基準を持った団体である彼らに「平和学習」に携わる資格があると認める訳にはいきません。事故の全容を詳らかにするまでには長い時間を要するのでしょうが、これまでに明らかになった事実からだけでも「反対協」が「平和学習」に関わらせてはならない団体であることは明らかです。

 「平和学習」と抗議活動家を結びつけてきた県や学校関係者は、これを単なる不運な事故と見做さず、彼らの持っている運動の性質との関連を真剣に考え、反省をすべきです。

抗議活動家達を「野放し」にしてきた玉城デニー県政

 その実態が明らかになればなるほど、「このような酷い団体に『平和学習』を委ねていたのか」との驚きを禁じ得ませんが、これまで「反対協」は「沖縄の平和学習」に深く関わってきました。東京や埼玉の私立学校の「平和学習」において、今回の事故で亡くなった「不屈」の船長や「反対協」の代表らがガイド役や講師を務めていたことが報じられていますが、それらは「氷山の一角」でしかなく、「反対協」が数多くの学校の「平和学習」に関与してきたものと推察されます。

 県議会総務企画委員会(3月19日)では、県観光振興課が「生徒が船に乗って海上視察を行う平和学習の実態を把握していなかった」「もし事前に把握していたら推奨していない」と報告しました(注2)。また、「修学旅行と抗議活動をしている団体との関係」や「辺野古における抗議活動の実態」について問われ、県の担当者は「県として把握していない」「抗議活動については法令を遵守し、安全安心に行われることを前提にしてもらう必要がある」「抗議活動であることを理由に、県がその活動主体や実態を調査する権限や根拠となる法令がない」などといった答弁を繰り返し、「見て見ぬふりをしてきた結果が今回の事故につながった」などと、その危機意識の低さを厳しく論難されていました。

 また、同委員会(4月15日)において、県の教育旅行推進強化事業の一環として沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)が運営する「おきなわ修学旅行ナビ」に、「反対協」の関係者が修学旅行の学習を支援するアドバイザーとして登録されていること「反対協」の事務局長が代表を務める団体「じゅごんの里」が提供する大浦湾での自然体験プログラムが紹介されている事実が明らかとなりました(注3)

 これらの事実は、抗議活動団体が「平和学習」に関与することについて、沖縄県が事実上の「お墨付き」を与えているということに他なりませんが、担当者は「特定の団体の所属のみで判断するものではなく、求められている役割を果たせているかどうかが重要である」と説明しています。

 今回の辺野古転覆事故の発生を受けて文部科学省が4月7日、全国の教育委員会と私立学校を所管する都道府県の担当部局に宛てて、教育基本法が教育現場で特定の政治的活動を禁止していることに留意し、一面的な見解を配慮なく取り上げることは避けて修学旅行などの校外学習を実施するように求める通知を出しました。

 また、沖縄県教育委員会も「特定の政治運動である抗議活動等に修学旅行生が参加することは政治的中立性の観点から認められるものではない」と明言しています。

 それにも関わらず、沖縄県の修学旅行を所管する文化観光スポーツ部が、「平和学習」に抗議活動団体が関与することについて「多様な素材の提供だから問題ない」との認識を示し、沖縄を訪れる修学旅行生に抗議団体が接触することを容認しています。

 県の担当者は、もし「反対協」のような抗議団体が提供する「平和学習」プログラムがあった場合、その団体が「どのような活動をしているか」は問題ではなく、「どのようなプログラムが提供されているか、安全が確保されているかが重要である」との認識を示しました。また、「平和学習」は様々な主体によって提供されているのであり、学校側が「平和を考える素材として生徒の教育のために必要だ」と判断するのであれば、たとえ「反対協」のような抗議団体が提供するプログラムであったとしても否定されるものではないとも答弁しており、抗議団体が「平和学習」に関与することを事実上認めているのです。

 その他、同委員会(4月15日)の質疑では、辺野古の抗議活動における逮捕者数を問われた沖縄県警が、2015年から2025年の11年間で156件、延べ162人を刑法犯または道路交通法違反などで検挙していると答弁しています。

 この驚くべき数字は辺野古キャンプ・シュワブ周辺、名護市安和港周辺などにおける検挙数であり、海上の抗議活動における検挙数は含まれておらず、それを加えると、さらにその数が膨らむものと推察されます。

 抗議活動家達にも憲法が保障する「思想・信条の自由」が認められていることから、極端で非現実的な「平和主義」など、彼らがどのような思想・信条を持っていたとしても、そのこと自体を否定することはできません(否定するべきではありません)。

 また、「平和学習」においては「教育の政治的中立性」への配慮が必要であり、「児童・生徒を保護する」という観点から、抗議活動家達が児童・生徒を「オルグ」することや危険な目に遭わせることは決して許されるものではなく、「児童・生徒の安全安心」が確保されていることが前提となりますが、児童・生徒が「極端な思想・信条を有する人達、抗議団体が存在していること」を知ることの意義については一概に否定することはできません。

 しかし、「辺野古移設問題」を県政の重要課題として位置づけて「辺野古新基地建設問題対策課」という専門部署を設けているにもかかわらず、県の担当者達が、抗議活動の実態を「全く把握していなかった」と答弁していること、それと同様に、県を挙げて修学旅行を積極的に誘致し、「平和学習」に力を入れているにもかかわらず、担当部局である文化観光スポーツ部が「抗議団体がどのように関与してしまっているのか」をも含めて「平和学習」の実態について「全く把握していなかった」と述べていることに驚かされます。

 沖縄で普通に生活していれば、抗議活動家達によって辺野古で危険な抗議活動が行われている事実は自然と耳に入ってきます。意図的に避けて目を背けるのでなければ「知らずにいられる」はずはありません。

 実際のところは、沖縄県が「辺野古における危険な抗議活動」や抗議活動に利用されている「平和学習」の実態について「把握していない」のではなく、「その実態を把握した上で放置してきたことを追及されたくない」との理由で「把握していない」との建前を貫こうとしているようにしか思えません。

 いずれにせよ、児童・生徒の安全確保について、一義的には「学校側の責任」ということになるのでしょうが、県の事業として「平和学習」を推奨している沖縄県には、沖縄で「平和学習」を提供する個人や団体に対する監督責任があるはずです。

 沖縄県がその責任を放棄し、「反対協」のような抗議団体を「野放し」にして「平和学習」に深く関わらせてしまった結果として、生徒達を危険に晒してしまい、1人の女子生徒の生命が失われ、十数人の生徒達が負傷してしまったことについて、沖縄県の責任は重いと言わざるを得ないことは明らかです。

“お仲間”には優しく、ご遺族の言葉を真摯に受けとめない玉城デニー知事

 今回の事故で転覆した抗議船「不屈」と「平和丸」を運航する「反対協」と、「反対協」が連携する「辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議」(以下、「オール沖縄会議」)は玉城知事の支持母体であり、2023年12月の海上抗議行動では、「平和丸」に「米軍新基地反対!」「辺野古の海に土砂を入れるな!」と大書された横断幕が掲げられるとともに、その船上に「デニー知事と共に頑張る」と書かれた垂れ幕を掲げる人の姿が確認されています。

 前述した定例記者会見で玉城知事が語ったことは、辺野古で抗議活動をしている「反対協」や「オール沖縄会議」など抗議団体が自分の“お仲間”であると宣言したに等しい内容です。

 「オール沖縄会議」は、ホームページに「辺野古ゲート前、安和、塩川、うるま市宮城島の抗議活動について、4月から喪が明けるまで喪章などを付けて哀悼の意を示し、活動を自粛して行う(拡声器は使わない)。5月7日(木)からは、従来通りに戻します」(3月31日付)と記して抗議活動を再開する方針を明らかにしました。

 そもそも「オール沖縄会議」の「自粛する」との言葉が嘘であり、彼らが言う「サイレント抗議集会」とは「マイクを使わない」というだけでしかなく、それ以外はいつもの抗議活動と何ら変わりなく、彼らが仲間うちで「自粛している」と自己満足しているだけのことでしかなかったのですが、早々に抗議活動を再開する宣言をしたことについて「強制捜査中であるのに、当事者意識のかけらもない」「ご遺族が心情を吐露されている時期に、このような通達を出すとは非常識極まりない」などといった非難の声があがっています。

 辺野古転覆事故の発生から1ヵ月となった4月16日、玉城知事は県庁で記者団の取材に応じて、転覆した「不屈」と「平和丸」を運航する「反対協」の安全管理体制などについて「法令を遵守する観点から、必要な書類などを点検、確認し、確実に整備を行ってほしい」との考えを示しました。

 私自身は、「反対協」の抗議活動のやり方は容認できるものではなく、決して「平和学習」に関わらせてはならない団体であると思慮していますが、定例会見における言葉と併せて考えると、玉城知事が「(反対協が)必要書類の点検整備を行ないさえすれば、抗議活動を再開してもよい」と考え、「抗議船に生徒達を乗せること」をも含めて「平和学習」に関わることも容認しているとも受け取れる言葉です。

 県政の最高責任者である玉城知事が、事故の全容が明らかになることを待つことさえなく、「反対協」に対して抗議活動の再開や「平和学習」に関わることを認めるかのような発言をすることに憤りを禁じ得ません。

 かねて玉城知事は、米軍基地問題では日米両政府に厳しい非難と抗議を繰り返す一方で、尖閣問題では中国政府に抗議しようとしない姿勢が「ダブルスタンダードのご都合主義」だと指摘されています。今回の事故においても、重い罪責を負うべき「反対協」や「オール沖縄会議」が自分の“お仲間”だからといって全く非難しようとせず、責任を追及しようとしない姿勢は「ダブルスタンダードのご都合主義」だとの批判を免れないでしょう。

 同じ4月16日の取材において玉城知事は日程調整がつき次第、追悼のため現場を訪れる方針を明らかにしていましたが、4月21日夕方に現場海域に近い名護市の瀬嵩の浜を訪れ、犠牲者に花を手向けました

 事故から1ヵ月後の4月16日に「追悼のために現場を訪れる方針」を表明したことについて、SNS上などで「遅すぎるのではないか」などの声があがっていましたが、献花した後に取材に応じ、「日常の業務との兼ね合いと事故直後はさまざまな捜査、調査が行われている」ことを理由に挙げて「落ち着くタイミングを待った方が良いのではないかということで調整していた」と述べ、「県の行政をあずかる長として今回の事故を教訓とし、改めて安全安心を確立し、修学旅行生を含む観光客の皆さまをお迎えするため、さらなる万全の体制を関係機関と連携し、しっかりと取る」と決意を新たにしたと報じられています。

 玉城知事が追悼のために現場を訪れた数日後には、県知事選への出馬を正式に表明することが予定されており、SNS上では「知事選を意識したパフォーマンスではないのか」との見方が拡がっています。

 また、玉城知事は、武石知華さんのご遺族がインターネットの「note(ノート)」で情報発信を続けていることにも言及し、「私も子供や孫を持っているので、胸が潰れるような思いであるというのは私も同じ思いだ」と語り、その上で「県の行政をあずかる長として安全・安心を確立し、観光客、修学旅行をお迎えするための万全の態勢を取らなければならないと改めて思う」と強調したと報じられています。

 知華さんのご遺族は「沖縄研修旅行の異質さ」と題する記事で、「平和学習」の一環として生徒たちを抗議船に乗せたことについて、次のように記しています。

教育現場において、特定の政治的立場に偏った、あるいはそう誤解されかねない活動を教師主導で行うことは、教育基本法の理念に反する問題です。
今回、実際の抗議活動や政治活動を目的としたわけではありませんが、知華が乗ったのは「抗議船」と認識されている小型ボートでした。定員ぎりぎりの生徒を乗せ、海上保安庁の船が監視する中、抗議活動の場を通り抜ける――。それを第三者がどう見るかは、火を見るより明らかです。

 果たして、「反対協」や「オール沖縄会議」の抗議活動家達、そして玉城知事は本当に「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」を読まれたのでしょうか。

 「反対協」や「オール沖縄会議」の抗議活動家達は、読めば自らの罪の重さを認識せざるを得ないご遺族の悲痛な言葉から目を背け、読むことさえしていないのではないかと思えてなりません。事故後の彼らの言動は、自分達が引き起こした事故で亡くなられた犠牲者の尊厳を傷つけ、愛する家族を失った悲しみに暮れているであろうご遺族をさらに鞭打つかのような非人道的な、極めて醜悪な振る舞いであると断ぜざるを得ないものです。

 玉城知事は「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」を読んだと明言していますが、その上で危険な抗議活動の再開を認めるかのような発言をしているということからは、ご遺族の言葉を真摯に受けとめていないと看做さざるを得ないように思えます。結局は自分の支持層である活動家達への目配りの方が重要だと考えていると見られても仕方のない状況なのではないでしょうか。

 知事にも、改めて「今回の事故がどのようにして起こったのか」について、しっかりと検証していただき、抗議活動と「平和学習」をどのように切り分けるのかについても、よくよくお考えいただきたく思います。

ここまで抗議活動家たちに寄り添う玉城デニー氏に沖縄県知事たる資格はあるのか

 玉城知事は、今年9月の任期満了に伴う知事選に3選を目指して出馬する意向を示しており、「今月25日に会見を開き、立候補を正式に表明する」と明らかにしています。

 前述したように、玉城知事は無謀な抗議活動を繰り返す「反対協」や「オール沖縄会議」を支持母体とし、その無謀な抗議活動に利用された結果として今回の事故が発生し、武石知華さんを死に追いやってしまった「平和学習」のあり方について「沖縄県の平和学習の基本的な考え方と共通している」として肯定する認識を示しています。

 大切な家族を失ってしまったご遺族の悲しみや憤りといった心情を理解することができず(そもそも理解しようとさえしておらず)、偏ったイデオロギーに囚われて無謀な抗議活動を繰り返す活動家達に寄り添おうとする人物に沖縄県知事たる資格はありません。

 私たち沖縄県民が、改めて玉城デニー氏に県知事の職責を負託するということは、「平和教育」が抗議活動に利用されてしまっている現状を容認し、彼が寄り添う「反対協」や「オール沖縄会議」など抗議活動家達の非常識で醜悪な振る舞いを許すことを意味してしまうのではないでしょうか。

 私たちがそのような選択をするということは、醜悪な振る舞いを続ける抗議活動家達と「同じ穴の狢(ムジナ)」となってしまうこと、彼らの“お仲間”になることを意味しているように思えます。

 沖縄県民の1人として、今年9月の沖縄県知事選において1人でも多くの沖縄県民が賢明な選択をしてくださることを願わずにはいられません。

 辺野古における無謀な抗議活動の犠牲となられた方々―今回の事故でお亡くなりになられた武石知華さんと2024年の安和事故で亡くなられた警備員の男性―のご冥福と、今回の事故で負傷された同志社国際高校の生徒のみなさんが一日も早く回復し、平穏な日々を取り戻すことをお祈りいたします。

(藤原昌樹)

(注1) 玉城デニー知事定例記者会見

(注2) 沖縄県議会 議会中継 – 発言内容 2026年3月19日

(注3) 沖縄県議会 議会中継 – 発言一覧 2026年4月15日

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