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【川端祐一郎】北朝鮮問題は、日本が「属国の安寧」を脱する契機となり得るか

川端 祐一郎

川端 祐一郎 (京都大学大学院准教授)

先日行われた米朝会談について、安倍総理は「北朝鮮を巡る諸懸案の包括的な解決に向けた一歩と支持する」とコメントされていました。もちろん政府として公式にはその程度にしか言いようがないのでしょうが、すでに多くの批判が出ているように、今回の米朝会談は「北朝鮮側の一方的勝利」という印象を与えるものでした。アメリカや韓国のメディアを見ると、金正恩委員長が得たものがいかに大きく、トランプ大統領が得たものがいかに小さいかについてかなり辛辣な批判が並んでいます。

「金正恩氏は、欲しかったものを4つも持ち帰った。第一に、世界最強国家の指導者と対等の立場で会談したことで、これは金日成氏や金正日氏にはできなかったこと。第二に、トランプ大統領は北朝鮮の安全保障を約束した。第三に、韓国との合同軍事演習も止めると言った。第四に、“最大限の圧力”路線を逆転させることができた。それに対しトランプ氏が得たものは、“非核化に向けて努力する”という曖昧な約束だけだ」
Kim Got What He Wanted in Singapore. Trump Didn’t.

「これまでの米国大統領は、こんなにも少ない準備で、しかも一方的に相手にとって好都合な結果をもたらす首脳会談をすることはなかった。金正恩委員長は、金日成氏も金正日氏も成し遂げられなかった“核開発を進めつつ、国際社会から受け入れられる”という2つのゴールを、同時に達成してしまっている。これでは、(核兵器の即時かつ無条件の放棄を強いられた)リビア方式どころか、(事実上の核保有国として認められている)パキスタン方式になってしまう。アメリカはまたしても、北朝鮮の時間稼ぎの術中にハマったのだ」
A Historic Breakthrough or a Historic Blunder in Singapore?

「今回の米朝首脳会談における合意文書には『完全な非核化』という抽象的な目標しか明記されておらず、北核を廃棄する具体的な方法や期限などは一切ない。ところがトランプ大統領は北核廃棄に向けた確実な交換条件となる韓米合同軍事演習の中断を自分から北朝鮮にプレゼントした」
【社説】トランプ・文在寅・金正恩体制下で韓国の安保はどうなるのか

その後実際に、(北朝鮮の対外貿易量の大半を占める)中国はすでに経済制裁を緩める構えを見せているようですし、
China suggests sanctions relief for North Korea after Trump-Kim summit

今日の報道では早速、米韓合同軍事演習が中止される見込みだと言われていました。
8月の米韓合同軍事演習、中止へ…米報道

さらに下記の記者のまとめによると、「中国やロシアの各メディアは、トランプ大統領の発言について、『米大統領が韓米合同軍事演習を一種の“挑発”と認めたのは、北朝鮮と中国・ロシアが挙げた戦略的勝利だ』と報じた」とのことです。
【コラム】海外メディアの目に映った米朝首脳会談

要するに、厳しい経済制裁を受けながら、昨年はミサイルの試し撃ちをしてトランプ大統領から「ロケットマン」と罵倒され、一時は米国からの先制攻撃もあるのではないかとの脅威にさらされていた北朝鮮が、少なくとも今のところは経済面でも軍事面でも有利に事を進めているというわけです。

日本はというと、核問題については全く存在感を見せていませんが、トランプ大統領が会見で「北朝鮮の非核化にかかる費用は、韓国と日本が払う」と述べたように、経済的な負担だけは強いられるのかも知れません。米国主導でどんどん譲歩しておいてカネだけ払わせるというのは無責任にも思えますが、日本はこれまで子分として付き従うよりほかなかったのですから、ある意味仕方ありません。そして韓国については、「米朝首脳会談後の朝鮮戦争終戦宣言の可能性に期待する半面、韓国では費用負担という現実を前に、皆が顔を見合わせ戸惑っているような状況だ」と言われています。在韓米軍撤退についても戸惑いはあるでしょう。
【コラム】韓国が完全にしてやられた非核化リアリティーショー

トランプ大統領は外交方針に落ち着きがありませんし、大統領の任期に比べて核廃棄・軍縮プロセスには長い時間がかかるわけですから、今後の動向については不確実性がかなりあると思います。が、少なくとも当面の構図としては、北朝鮮・中国・ロシアが得をし、アメリカは手を引き、韓国が動揺し、日本は仕方なくアメリカに従うというのが現状というわけです。日朝首脳会談が準備されつつあるという報道も出ており、核のみならず拉致問題の進展も期待したいですが、シンガポール会談のような一方的譲歩になってしまわないか、心配ではあります。

北朝鮮情勢が急速に(表面上の)「和平ムード」に傾き始める前のことですが、宮崎学氏が『月刊日本』という雑誌で、日本にも北朝鮮への圧力強化を主張する声があるが、彼らは結局アメリカへの依存を大前提にしているわけで、要するに「北朝鮮は核を捨てろ!さもないとご主人様が攻撃するぞ!」と吠えているだけだと批判していました。また、正確には「日本は戦争に敗けたおかげで属国の安寧を貪っている。こっちのほうがいいぞ」と言うべきではないか、とも指摘していました。

もちろん我々は属国の安寧を貪るのではなく、独立国家として自らの「安寧」を自主的に確保していかなければなりませんし、属国では結局「安寧」を得られないということが、今回の問題からも分かります。『表現者クライテリオン』の最新号では「ナショナリズム」を特集しているのですが、寄稿者の皆さんの原稿を拝読すると、多くの方が「対米自立」「独立自尊」の重要性を説かれています。上述の北朝鮮問題にも現れているように、混沌としている今のような国際情勢は、「国家の自立」について考える良い契機であるかもしれません。

ぜひ今週金曜日(6/15)発売の『表現者クライテリオン』7月号を手にとって頂き、また今後全国で開催されるシンポジウムでお会いする機会も含めて、皆さまと議論を深めて行きたいと思います。

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