【小幡敏】務めを果たさぬ日本人③ー我々は“平和を愛した”のではない

小幡敏

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今回は、『表現者クライテリオン』のバックナンバーを特別に公開いたします。

公開するのは、小幡敏先生の新連載「自衛官とは何者か」です。
第二回目の連載タイトルは「務めを果たさぬ日本人」。その第三編をお届けします。
第一編
第二編

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表現者クライテリオン』では、毎号、様々な連載を掲載しています。

ご興味ありましたら、ぜひ最新号とあわせて、本誌を手に取ってみてください。

以下内容です。

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軍隊は国民に他ならず

 軍隊というと日常から隔絶したさも特殊なものを思い浮かべるが、特殊部隊のような貴種を除けば、これはまったく国民の姿そのものに他ならない。

だからこそソ連兵は頑健で残虐ながら、彼らを戦わせるにはポリトルク(政治将校)や督戦部隊を要した。それ故、誠実な態度とは、もし日本兵が残忍であるというのであれば、我々日本人こそが残忍だと認めることである

 すると世人は、戦争が人間を変えたなどと、まるで見てきたかのように語るだろうが、戦争は度し難い苦痛をのべつ幕なし与えるものではあるが、せいぜいが人を壊すくらいのもので、人間を作り替えるものでもない。

人をいたぶったり、殺したり、犯したり、そういう戦争における日常的な出来事は勿論忌むべきものであり、穢らしく思えるけれども、それらは全て我々自身の内に眠る悪への傾向が露呈したに過ぎない。

 これにもまた、だからこそ戦争などという野蛮には手を染めず、より良い存在であろうと説くものがあるだろう。だがそう簡単に言ってのけるとき、我々はそれほどよく罪を免れているだろうか。

 例えば、戦後日本は一貫して米国の軍事的庇護下にあると言ってよいが、彼らが中東でいかに多くの無辜の民衆を殺しているか。

我々日本人は“平和を愛する”などと臆面もなく口にするが、妻や子を米国に殺された彼らアジアの同胞の目に我々がどう映っているのか、
そのことを思えば我々が“人を殺さず”の金科玉条を守っているなどと一体誰が言えよう。

 或いはもう少し想像力を膨らませて我々自身の国を見ても、一体この国に信義や公正はあるのか、“平和的”に共存していると言えるのか。

経済的に奴隷的境遇に追いやられている者たちは、虐げられて然るべきなのか。我が世の春とのさばる成金どもは、果たして人の上に立つべき素性なのか。

私にはこの民主的な社会において抑圧され、虐げられている者が、戦争で犠牲になる者よりも幸福の味を知っているのだとはとても思えぬ。

少なくとも私は、自由と繁栄の美名の下に奴隷として死ぬよりも、自立と名誉の為に戦い、殺し殺される中で敵の剣に斃れることの方が遥かに受け入れ易い死に方であろうと思う。

たとえそれがどれだけ惨たらしく、どれほど過酷なものであっても。

 要するに、この国の人々は戦争と軍隊との中にあらゆる悪を放り込んでどこかに仕舞い込んだつもりになってはいるが、悪はいつでも我々のそばに居るし、それと付き合っていく術は悪を悪のままに経験し、悔悛することでしか獲得できない

(それは間違っても“平和の祈り”などでは達し得ない。戦争の犠牲を前にお題目に過ぎない平和を有難がるとは、餓えた者の前でイタダキマスとビフテキでも頰張るようなものではないか。この時犠牲者は、悪い籤を引いたのだと憐れまれる慰みものに過ぎない)。

‟清澄な生命欲”はいつしか‟貧乏くさい老醜”に

 米国に頼んで代わりに人殺しをさせ、自らの手を汚さないような卑劣で臆病な商人たちが平和を語るとは何事か。

その上自分たちの父祖が命懸けで戦った仇敵に仕えたがるとは、これほど卑しい民族は三千世界に我ら大和民族だけである。

 思うに、戦後日本人はただ“戦争を怖がった”のであって、“平和を愛した”のではない。我々は戦後の焼け跡で何を思ったか。

それはきっと、“生きたい”、その一念だったはずだ

だが日本人一人びとりの胸に宿ったその清澄な生命欲は、いつしか“死にたくない”という貧乏くさい老醜に転じた

 そうして日本は軍隊を失ったのである。失うべくして失ったと言ってよい。軍隊とは犠牲を払ってでも生きんとする国民の姿に他ならないからだ。“死にたくない”から拵えるものではない。

「われわれが他人に名誉を与えるときは、われわれ自身が身を卑しくせねばならぬ※9

と言う時、一体我々にその覚悟があるのか、すなわち、生き永らえる我々の盾となって死にゆく兵隊たちに名誉を与えてやる覚悟があるのか。

“生きたい”者は死を受け入れなければならない。斯様な覚悟を露ほどもきめない日本国民が、軍隊など持てるわけがないではないか。

 自衛隊は軍隊ではない、我が国はそのことを必死になって繕ってきたが、その必要は端から存在しない。犠牲を払う意志のない国民が充満するこの国に、“軍隊”は決して存在しないのだから

 それでもなお、自衛隊を軍隊だと言い張る者があれば、私はこう言いたい。

あなたの身の回りに、「こいつならきっと自分を犠牲にしてもやってくれるはずだ」と信じられる者が一体幾人見出せるかと。まるで見当たらないのではないか。然らば、頼もしい自衛官は一体どこから湧いて出るのか。

 有体に言ってしまえば、私の承知している限り自衛官に将たる器はただの一人もない。勿論、将軍が将軍に相応しいものだけで担われることなど期待してもいないが、かといってそれに相応しいものがいないというのも困る。

 ところが、彼らは実に侘しい田舎者であるから、「俺はアーミテージの友人だ」とか、「政府中枢で仕事をした」とか、愚にもつかぬことで得々としている者が多く、自衛隊の悲哀を真に掬い取るだけの器がない。

軍隊は国民の美醜を映しだす

 だが、これも言ってみれば日本国民らしい顔である。

日本人一般も実に虛栄心が強く、小心であり、事大主義的だ。或いは、旧軍でも高級将校の腐敗は蔓延し、特に大陸では兵隊が日夜防御陣地を築くために汗を流しているのを横目に、連日連夜芸者を呼んで宴会三昧に興じるなどよくある風景だったというが、これとて我が愛すべき日本国民の姿態であり、一度有利な立場にもぐりこんだ者の腐敗や堕落への傾向は、日本国民が世界に誇る悪疾である※10。

 つまるところ、軍隊は国民の美醜を殆どそのままに発現する。そして、我らが同胞の内に国防への意志も、生存への犠牲を払う覚悟も存しないことを思えば、自衛隊、いや、平均的自衛官の態様は自ずと察しがつくのではないか※11

 そして、国民が軍隊を戦争と一絡げにし、臭いものには蓋とばかり自らの生存の醜さや欲深さとの付き合いから逃げ続ける限り、軍隊たるべき自衛隊はそうした国民の姿勢を精確に写し取って行くだろう。

そうして生き延びた先に待つのは僥倖であるのか、奇禍であるのか。言うまでもなく、我々が今歩く道は後者に通ずる

そして私にはそれが奇禍などではなく、たまさかの安寧に身を委ね、軍隊という“やむを得ない”お務めに背を向けてきた日本の男たちへの天罰としか思えないのである。

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※9 ゲーテ『西東詩集』。

※10 ショウペンハウエルは、「自負のなかでもっとも安売り大売り出しの観がある自負は愛国心である。なぜなら愛国心は、これにとりつかれた人には、おのれに誇るべき個人的長所がないことを暴露するからだ。もし個人的長所をもっていたなら、その人はけっして他の何百万もの人びとにも分け与えられているものにとびつきはしないであろう。すばらしい個人的特質をそなえた人は、自国民の欠点をつねにみてきているために、むしろそれをもっともはっきり認識するだろう」(『孤独と人生』)と述べているが、こうして初めて、それでもなお残る愛情、そして、その手触りが失われつつあることに眼が啓かれるはずだ。

※11 それでもなお強調すべきは、既に述べた通り、下士官兵には好ましいものも多い点であるが、これはむしろ国民にも同様のことが言えるのである。現代日本社会において社会的地位と人間の目方は比例しないどころか、多くの場合反比例する。

(『表現者クライテリオン』2020年11月号より)

 

 

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