「戦記は筆舌に尽くせぬものを敢えて筆記したものである」と著者の小幡氏は言ふ。
大東亜戦争に敗れたのち、われわれの先人が 書きのこしたおびただしい戦記は、ただの武勇伝などではない。そのうちの多くは、人間がもはや人間でゐられなくなるやうな地獄をさまよつた記録──「血涙をもって書かれた記録」──である。さうした戦記が差し出すものを「素手で受けとめねばならない」と氏は決意する。そして、その焼けつく「火種」を、そのまゝわれわれに手渡さうとしてゐる。
氏がまづ最初に選び出すのはニューギニアの戦記である。ニューギニアが最も苛酷な戦場として知られるのは、そこが激戦の地だつたからではない。激戦の場にたどりつくまでの行程自体が地獄そのものだつたのである。悪疫と餓ゑが将兵たちを苛む。数匹の蛆の分配をめぐつて戦友同士が相争ひ、敵兵の死体には肉をえぐり取つてむさぼり喰つた痕跡がある。文字通りの餓鬼地獄である。
けれども小幡氏はそのニューギニアを「もっとも清潔な戦場」であつたと言ふ。すべての虛飾をはぎとられ、ひたすら生存を目指してもがく兵士たちの姿は、いくら悲惨であつても決して醜悪ではない。そしてその餓鬼地獄のうちに時折り花咲く人間愛は、地獄の底であるが故になほのこと尊く美しいのである。
ところが、同じ位に悲惨で苛酷な「戦場」であつた、シベリア抑留の記録のうちには、全く別種の地獄が見出される。それは単に極寒と飢餓とがつくり出す地獄なのではない。日本人捕虜たちが、敵に媚びへつらひ、敗けてもなほ日本人将 兵としての矜恃を保たうとする同胞を責め苛む ──さういふ地獄である。どうして日本人はか くもたやすく自己を放棄して敵にへつらふことができるのか? 小幡氏は、さう自問しつつ、そこ に繰りひろげられる〈民族自壊〉のさまを、目をそむけることなく見つめる。そして、そのおぞま しい「民族的欠陥」が、「復興」をなしとげたはずの現在にも「恐しいほどの保存状態で残されている」 ことを氏は見て取るのである。
或る意味でこれは当然とも言へる。現在の日本には、日本全体が捕虜であつたときに敵から与へられた「日本国憲法」がそのまゝに保存されてゐる。われわれは「スターリン万歳」を叫んだ捕虜たちを嘲笑(わら)へないのである。
しかし、これはただ憲法を改正すればことが済む、といつた問題ではない。小幡氏が戦記を読み 込むことによつて見出した、日本人のこの「民族的欠陥」は、まさにかつて本居宣長が「漢意(からごころ )」といふ言葉できびしく批判したものにほかならない。 自己でないものを自己であるかのごとくに勘違ひするおぞましい文化的倒錯──この「漢意」は、きはめて逆説的なかたちで、「千年にもあまりぬる」わが国の文化的特質をなしてきたのである。
小幡氏は、大東亜戦争の敗北といふわが国の歴史のどん底を掘り抜いて、途方もなく大きな問題をわれわれにつきつけてゐる。
《編集部より》
↓本日の書評の対象図書の詳細・購入はこちら
https://the-criterion.jp/books/obata2/
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「表現者塾」2023年度の後期塾生を募集しています。
特に入会資格などはござませんので、どなたでもご参加いただけます。
後期第1回は10月14日に開催。まだ第1回の参加に間に合います!
↓↓↓詳しいご案内、ご入会はこちらから↓↓↓
https://the-criterion.jp/lp/hyogenshajuku2023latter/
クライテリオン公式Youtubeチャンネルにて、表現者塾のダイジェスト動画が上がっております。
「第5期第1回 『クライテリオン無き日本の行く末(講師:藤井聡)』」
「第5期第2回 『故郷を忘れた日本人:どうして今文学が必要なのか(講師:仁平千香子)』」
https://www.youtube.com/channel/UCE8qPb4i2vMjLlnRHJXmL1w
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
表現者クライテリオン9月号発売中です。
特集は『インフレは悪くない、悪いのは「低賃金」だ!』。
約2年ぶりとなる「経済」「財政」をテーマにした特集です。
詳細はこちらでご確認ください↓↓
https://the-criterion.jp/backnumber/110/
Amazonでのご購入はこちらから↓↓
Amazonで購入
定期購読にお申し込みいただくと10%オフとなります↓↓
定期購読はこちら!10%OFF!送料無料!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今週末開催の第5回信州学習会、まだ若干名空きがあります!
https://the-criterion.jp/symposium/231008-2/
執筆者 :
NEW
2024.12.12
NEW
2024.12.11
NEW
2024.12.10
NEW
2024.12.09
NEW
2024.12.06
2024.12.05
2024.11.18
2024.12.05
2024.12.06
2024.08.11
2024.12.12
2024.12.11
2024.12.09
2024.12.10
2024.12.05
2024.11.22