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【鳥兜】世界を動かす「ありがた迷惑」な思想

啓文社(編集用)

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 人工知能(AI)を開発する欧米の有力企業の経営者や一流エンジニアのあいだで、「効果的な利他主義」(エフェクティブ・アルトゥルイズム。略してEA)という思想が流行しているらしい。これは、ウィリアム・マッカスキルという哲学者が二〇一一年に考えた言葉で、「人類の幸福に貢献したければ、公務員になったり慈善団体で働いたりするよりも、まずビジネスで大金を稼いだ上でその一部を寄付したほうが効率がよい」という思想を指す。この考えに共鳴して、「収入の一〇パーセント以上を、可能なかぎり費用対効果の高い慈善団体に寄付する」という規約に同意した人が何千人という規模で存在するようだ。

 マッカスキルの著作で挙げられている、日本にも関係する例で言うと、彼は、二〇一〇年のハイチ地震と二〇一一年の東日本大震災で、どちらにもほぼ同額の五〇億ドル近い国際支援(寄付金)が集まったのは道理に反していると言う。日本の死者は二万人程度であったのに対しハイチの死者は三〇万人以上で、しかも日本はハイチよりも遥かに豊かなので、ハイチに対する支援がより大きくなければおかしいという主張である。ちなみに、二〇〇八年の中国・四川省の地震では九万人近くが亡くなったが、支援金は十分の一の五億ドルしか集まらなかった そうだ。

 要するに、これら自然災害への支援額は「欧米のマスコミがどれだけ盛んに報道するか」に大きく左右されてしまっており、公平ではない。さらに言えば、一時的な自然災害よりも慢性的な貧困のほうが深刻な問題で、エイズ、マラリア、結核のように簡単に予防できる病気で多くの人が亡くなっている。寄付がもたらす「限界効用」で考えれば、大震災の被害国よりも最貧国の支援に資金を回したほうが「効果的」だということになるが、既存の政府や国際機関にはそのことが判断できないので、自分たちで「効率のよい寄付先」を選ぼうというわけである。

 なぜ、「自分たちだけはセンセーショナリズムから自由に公平な判断ができる」と信じられるのかは疑問で、はっきり言って「ありがた迷惑」な思想であり、「カルト」化する危険も大いにある。EAの考えに基づくと、極端な営利主義や市場の独占も、倫理的に正当化することが可能になる。自分たちは特別な才能に恵まれており、しかも高潔な倫理観を持っているのだから、凡人に譲るよりもまずは自分たちが大きな資本と権力を手にし、その使い道を自ら決めたほうが人類のためになると言えてしまうのだ。

 ただ、彼らの多くは本当に善意でEAの理念を支持しているようで、営利主義を正当化するために詭弁を弄しているというわけでもなさそうではある。日本よりも貧しい国を支援すべきだという理屈も、それ自体は間違っているとは言えない。欧米のエリートが厄介なのは、ある面では信じがたいほど傲慢でありながら、同時に極めて優秀でもあることは認めざるを得ず、さらに彼らの善意も否定はできないからだ。これはGAFAのようなテクノロジー企業についても言えることで、彼らによる市場の独占や寡占は弊害が大きいが、彼らが世界で最も勤勉な集団で、圧倒的に優れたものを作っていることもまた確かなのである。

 我々はつい人間を「善人」と「悪人」に二分する衝動にかられてしまうのだが、現実に世界を動かしているのはそのいずれでもない種類のエリートである。そのことを知らないと、経済的な取引においても政治的な駆け引きにおいても、日本人が最前線で生き残るのは難しいのではないか。

 

(『表現者クライテリオン2024年3月号)巻頭コラム「鳥兜」より)

 


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