最新刊、『表現者クライテリオン2024年11月号 [特集]反欧米論「アジアの新世紀に向けて」』、好評発売中!
今回は、特集論考の一部をお送りいたします。
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日本が展開すべきは、
グローバル・スタンダードをうまく利用して
国益を強化する対外戦略だ。
十五世紀の大航海時代以降、ヨーロッパ人は世界に乗り出し、植民地を各地に築き、富を蓄え、産業革命をいち早く成し遂げ、科学技術と軍事力で優位に立ち、他の地域にたいして「われこそ世界のスタンダードだ」と誇示してきた。ユーラシア大陸の片隅で、ムスリム王朝の台頭やモンゴル人の侵襲に怯えていたヨーロッパ人が、一挙に世界の覇者として躍り出たのである。
そんなかれらが長年にわたって掌中に握ってきた「グローバル・スタンダード」が、しかし、いよいよ窮地に立たされつつある。その象徴が、今般のイスラエルにたいする欧米諸国の弱腰な態度にほかならない。
昨年十月に発生したハマスの攻撃以降、イスラエルの行動はいっそう歯止めが効かなくなっている。たしかに、最初のテロ攻撃にたいしては断固たる反撃が必要だっただろう。だがその後、ガザ地区への執拗な攻撃により多くの無辜の民が犠牲となっている。新たな中東戦争を引き起こしかねない、シリアやイランにたいする攻撃も看過しがたい。イスラエルの行動が報復の範囲を超えていることはもはや明白だ。にもかかわらず、欧米諸国は消極的な態度を崩していない。
その事情がまったく理解できないわけではない。ヨーロッパ人は長きにわたり、ユダヤ人にたいして差別的な扱いを行ってきた。古くは宗教的な理由により、そして近代に入っては人種的な理由により、その差別は絶え間なく続けられてきた。
ナチ・ドイツによる言語を絶するホロコーストがとくに際立っているものの、それはあくまで一断面にすぎない。ユダヤ人の強制居住地区であるゲットーの存在は古くからヨーロッパ各地で確認され、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』にはユダヤ人にたいする典型的な偏見が記されている。
スペインではキリスト教に改宗したユダヤ人が「マラーノ(豚)」と賤称され、フランスではドレフュス事件(ユダヤ系軍人にたいする冤罪事件)が起こり、帝政ロシアでは官憲の使し嗾そうによりポグロム(ユダヤ人にたいする集団暴行事件)が引き起こされた。
このような暗い歴史を背負っている欧米諸国が、イスラエルにたいして消極的にならざるをえないのは、ある意味で仕方がないのかもしれない。「反ユダヤ主義を許さない」という大義名分を掲げて暴走するイスラエルに、手をこまぬいていることしかできないのはヨーロッパ人の自業自得という側面もあるだろう。
とはいえ、非ヨーロッパ圏の視点から見ると、そのような事情はまったく与り知らぬことである。われわれは、ヨーロッパ人の宿痾たる反ユダヤ主義に基本的に関係がない。ヨーロッパのスタンダードは、世界のスタンダードではない。このことはあらためて確認されなければならない。
欧米諸国にとって今回まことに不都合だったのは、ウクライナ戦争への対応との間で矛盾が露呈した点だった。
ウクライナ戦争では、欧米諸国はロシアの非人道的行為を厳しく糾弾し、世界中に対ロシア包囲網への参加を呼びかけてきた。そこでは「正義と悪」の明確な対立構図が描かれていた。
なるほど、ロシアの行為が侵略であり、非人道的だということには異論の余地がない。ただ、欧米諸国が訴える正義が本当に額面どおり受け取れるものなのかについては、かれらの苛烈な植民地主義に悩まされてきた第三世界を中心に、大きな疑問符が投げかけられた。欧米諸国はたんに自国の利益や仮想敵国ロシアの弱体化を狙い、正義を振りかざしているだけではないかというわけである。
今回のイスラエルにたいする弱腰な対応は、まさにその疑念にたいする最悪の答え合わせとなってしまった。ロシアを非難するいっぽうで、イスラエルの非人道的な行動にはほとんど目をつぶる。これは明らかにご都合主義であり、やはり欧米諸国は自分たちの利益に沿う範囲でのみ人道を掲げているにすぎないではないか。そのような失望感が世界に広がり、対ロシア包囲網も限定的なものにとどまってしまっている。
こうしたダブルスタンダードは、いまやあちこちで指摘されている。
今年八月、長崎市で催された平和祈念式典では、ロシアやベラルーシに加えてイスラエルの大使も招待されなかったことが原因で、日本を除くG7各国とEUの大使が出席を取りやめた。ロシアとイスラエルを同一にするなという、欧米諸国側の過度な配慮が原因だった。
しかし、原爆投下もまた無辜の市民にたいする虐殺行為であったことを踏まえれば、かれらの行動は理解しがたいものと言わざるをえない。とくに原爆投下に責任を持つ米国のエマニュエル大使(かれはまたユダヤ人でもある)が出席を見送ったことは、強い非難に値する。
また今年九月、プーチン大統領がモンゴルを訪問した。プーチンには国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ており、ICC加盟国のモンゴルはかれを逮捕する義務があった。ところが、モンゴルはエネルギーなどの面でロシアに大きく依存しているという自国の事情を優先し、逮捕に踏み切らなかった。
これにたいして、EUは遺憾の意を表明した。だが、じつはICCの逮捕状は、イスラエルのネタニヤフ首相にも請求されている。今後、逮捕状が実際に発行された場合、ほとんどが加盟国であるヨーロッパ諸国(米国は非加盟)は、ネタニヤフの逮捕に踏み切るのだろうか。国によって事情は多少異なるが、はなはだ疑問と言わざるをえない。
そもそもネタニヤフへの逮捕状請求については、歴史的な経緯から親イスラエルの立場を取りつづけるドイツは強く批判の態度を示している。そんなドイツも、ユダヤ人問題については熱心に取り組むかたわらで、第一次世界大戦の敗北まで保有していたアフリカの植民地で行っていた加害行為については依然として十分な反省がなされていないという批判も受けている。
このような事情を踏まえれば、今後も欧米諸国のスタンダードにたいする厳しい批判がますます広がっていくことは避けられないだろう。
それでもなお、…(続きは本誌にて)
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