トランプがいよいよ「本領」を発揮しはじめました。この3月に、鉄鋼とアルミニウムの関税を引き上げる大統領令に署名。また中国の知的財産権侵害に対抗するとして、対中制裁関税の発動も宣言しました。
ここにはいくつかの狙いがあると考えられます。まず、国内の支持層向けのアピールです。2016年の大統領選でトランプを支持したのは、かつては鉄鋼業などで栄えたが今は没落している「ラストベルト(錆び付いた地帯)」でした。
トランプの「偉大なアメリカの復活(Make America Great Again)」という標語は、まさにこの層に受けたわけです。今回、鉄鋼等の関税引き上げを発表したのは、秋に控える中間選挙に向けたアピールという思惑が強いと考えるべきでしょう。
グローバル化の時代には、「保護」を求める動きが必ず台頭してくる。これは歴史的に繰り返されるバターンで、その背景についてはこれまで各所で書いて来ました(例えばここ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52829)。
ただし、今回のトランプの政策は、保護主義としてはほとんど効果がないと思います。まず、アメリカが鉄鋼・アルミニウムを輸入している国の上位は、カナダ、EU、メキシコ、韓国ですが、これらの国々は今回の措置では関税の適用除外となっています。
したがって、「トランプ関税」が発動されたところで、アメリカの貿易赤字が改善するとは思えません。むしろ現時点でのトランプ政権の狙いは、今後の通商交渉を有利に進める上での材料(いわば「脅し」)に使うことにある、と思われます。
トランプは、関税の適用除外国に日本を入れませんでした。これは、いわゆる二国間貿易交渉に後ろ向きな日本に対する牽制と見るべきでしょう。あるいは、トランプの意向に逆らって「アメリカ抜きのTPP」を主導したことへの意趣返しなのかもしれません。
いずれにせよ、適用除外国に認定してほしければ日米協定の場に出てこい、そしてアメリカの言い分を飲め、ということでしょう。
これまで安倍政権は、露骨な親米路線をとってトランプの歓心を買ってきました。にも関わらず、「もっと従順な姿勢を示せ」というわけですから、日本はいい面の皮です。
今回のトランプ関税は、安全保障を理由に行われています。有事に備えて国内の生産能力を維持する、そのために関税を課すというのが表向きの理由です。だからEUやNAFTA、韓国などの同盟国は関税の適用除外とされた。しかし、日本は外されたわけです。いったい、「日米同盟」は何だったのでしょう。
本来、これは大問題のはずです。日本は同盟国じゃないのか、ともっと声高に主張すべきですし、国会でもこの問題をもっと真剣に取り上げるべきでしょう。ところが、政府はアメリカに「お願い」するだけで強い抗議をしているようには見えない。国会はスキャンダル追求に熱心で、国民の目もそちらに釘付けになっている。これでは、足下を見られて仕方ないでしょう。
もちろん、いずれアメリカも日本を適用除外にする可能性は高い。日米の経済一体化が進んでいるので、日本製品が入ってこないと困るアメリカ企業が出てくるからです。しかしその見返りとして、何らかの譲歩を受け入れざるをえなくなるでしょう。結局、これが「日米同盟」の姿なのだということを、日本人はもっと肝に銘じなければなりません。
対中関税制裁についてはどうでしょうか。こちらは、具体的にどのような制裁になるかはまだ不透明です。中国は対抗措置を発表しつつ、水面下でアメリカとの駆け引きを続けることになると思われます。本格的な貿易戦争になるのか、直前で回避されるのかは、これからの動き次第です。
いずれにせよ、トランプの関税措置は、これまでのところ国内産業の保護を目的に行われているというよりは、関税を「脅し」につかうことでアメリカに有利な通商条件をつくりだす、重商主義的な側面が強いものと思われます。そしてこれは、「グローバリズム」と呼ばれるものの本質なのです。
今後懸念すべきは、市場心理に与える影響でしょう。2009年から始まったアメリカの景気拡大は、すでに史上最長にさしかかっており、近く後退局面に入っておかしくありません。「トランプ関税」問題で市場の動揺が長引くと、それが引き金になる可能性もあります。
そもそも、トランプが拳を振り上げている背景には、アメリカの貿易赤字が再び拡大局面にあるという現実があります。10年前のリーマンショックは、「グローバルな不均衡(グローバル・インバランス)」が原因だと言われましたが、その構図はいまも変わっていないどころか、もっと悪化している。危機の足音は静かに、しかし確実に近づいていると考えるべきです。
トランプの口癖は「Make America Great Again(偉大なアメリカの復活)」ですが、これからやってくるのは「Make America Great Depression Again(アメリカ大恐慌の復活)」であるように思えてなりません。そしてその時こそ、トランプが2016年の大統領選で勝利したことの歴史的な意味が、はっきり見えてくるはずです。
次の経済危機は、前回以上に、地政学的な危機と連動する可能性が高い。「グローバリズム」の時代とは、そのような時代なのです。日本政府も日本人も、今後のリスク・シナリオをどこまで現実的に考えているのか、実に心許ないと言わざるをえません。
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