西部 邁 著 『死生論』 角川春樹事務所/1997年5月刊 の書評です。
書評者:前田龍之祐
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この書評は『表現者クライテリオン』2021年9月号に掲載されています。
『表現者クライテリオン』では、毎号、様々な特集や連載を掲載しています。
ご興味ありましたら、ぜひ本誌を手に取ってみてください。
以下内容です。
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一九七〇年、「人類の進歩と調和」を掲げて高度成長期の日本の姿を凝縮的に表現した大阪万博を最後に、
その二年後の経済成長の終焉を契機にして、建設と繁栄の論理に牽引された「未来学」の希望は次第に「終末論」の囁きへと反転していった。
かつてSF作家の山野浩一は、こうした情勢変化のなかで〈終末=死〉を否認して生への執着に必死な同時代人を横目に
「そうした破滅を恐れる盲目的な進歩信仰から、いかに意識を逆流させるかが問題である」(「逆流した歴史は終末に始まる」)
と書きつけていたが、山野と同年に生まれた西部邁が本書で疑いに付すのも、戦後に蔓延した生き延びることそれ自体を価値とする思想、すなわち生命至上主義にほかならない。
本誌の前身である『発言者』の創刊準備と並行して書き上げられた本書は、どんなに足掻いても人間には死が定められているという単純な事実、
言い換えれば自身の生には死が含み込まれていることの自覚=反省を通じて、“いまここ”の態度を固めるといった「精神的治療法」について、著者の遍歴を交えながら縷々と述べている。
その死生観の根底には
「単なる生命でありつづけることを生の目的にはなしえない」
というテーゼが存在するが、著者によれば、
ほんらい何かをおこなう手段(前提)であるはずの「生きること」が目的化されることによって、かえって生の充実は減ぜられてしまうという。
また重要なのは、このような生命至上主義の考え方はとりわけ二十世紀以後に見られた進歩史観の結果とその弊害だとする指摘だろう。
〈生命の保証〉がそのまま〈精神の進歩〉へ一直線に繋がっていくとする無反省な近代主義の思考は「自由の源泉が自己自身にある」と錯覚する個人主義の迷妄を呼び込むが、
そうした一個人の自由を駆動する〈理性=合理〉はしかし、その基盤にあるはずの「非合理」をも見つめなければ自己の意志から逃れ出るもの(他者)に向き合うことができない。
そして、自由を限界づけている条件を指して著者は「伝統」と呼ぶが、近代史とは「合理の基礎」さえも対象化してきた「伝統破壊の伝統」(ガダマー)の系譜だという本書の議論は、文明論にまでその射程を拡げている。
しかし、近代の時代精神からヒューマニスティックな社会観および人間観が発せられているのだとすれば、現在の私たちはその視点が揺らぐ危機に立ち会っていると言うべきではないか。
だが、人々の生き方に輪郭を与えるのが危機(死の不安)に際しての逡巡と決断によるものであるならば、西部氏はまた次のようにも言い切ってみせるだろう、
「生の意味は、生が危機に取り囲まれているときにこそ輝く」と。
いまから二十五年前、世紀末=終末の雰囲気を湛えていた九〇年代に出版された本書が問うているのは、〈生と死〉に限定された人間がその関係を引き受けるときに要請されるある種の姿勢であり、その受容から齎される「平衡感覚」についてである。
(『表現者クライテリオン』2021年9月号より)
他の連載は『表現者クライテリオン』2021年9号にて
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毎回読み応え抜群です!
『表現者クライテリオン』2021年9月号
「日本人の死生観を問う」
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