巻頭コラム:鳥兜
ホルムズ海峡の事実上の封鎖は、日本という国家の根本的な脆弱性を浮き彫りにした。封鎖が長期化すれば、原油価格の高騰のみならず、ナフサ不足による化学プラントの停止がプラスチックやゴムなど日常品の生産を止める。液化天然ガスの不足による電力危機に加え、アンモニア、リン酸、硫黄などの供給途絶が肥料不足を招き、農業も大打撃を受ける。
問題は、この危機が日本だけでなく、アジアやオーストラリアなどの周辺地域一帯に及ぶということだ。日系企業の工場にエネルギーや原材料が来なければ、サプライチェーンが麻痺してしまう。穀倉地帯のオーストラリアで生産が滞れば、この地域全体が食料不足に陥る可能性もある。世界の肥料貿易の三分の一が通過するホルムズ海峡の封鎖は、文字通り生命の危機に直結するのである。
政府や財界が大慌てになっているが、どういうわけか世論にそこまでの危機感が見られない。テレビでもコメンテーターが「困りましたねぇ」などと、まるで他人事のように喋っている。
過去のオイルショックなど問題にならないほど致命的な出来事が進行しているのに、ここまで楽観的でいられるのはなぜか。それは「トランプならどこかで戦争を打ち止めにするはず」、つまりは「破局が来る前にアメリカがなんとかするはず」という根拠なき思い込みが蔓延しているからであろう。
確かにトランプはこれまで、人を驚かす政策を打ち出しては後に撤回、それを安心材料として株価が上がるといった芸当を繰り返してきた。しかし今回は明らかに違う。
仮に早期和平という最良シナリオが実現したとしても、攻撃で損傷した湾岸諸国の施設復旧や、海峡の安全確認や海上保険の復活などにかなりの時間がかかる。そうしているうちにも供給量の低下による品不足や価格高騰は避けられず、世界経済への悪影響はもはや既定路線である。
タチの悪いことに、ここへきて「九条神話」がまたぞろ復活してきている。ホルムズ海峡への艦隊派遣要請を日本政府が断れたのは、憲法の制約があるからだ。やはり憲法のおかげで戦争に巻き込まれずに済んだ、というのだが、九条がなくても無理な要求は断ればいいだけだし、九条があったところでホルムズ封鎖の物流途絶がどうなるものでもない。今の日本の危機とまったく関係ないところで護憲論が盛り上がる、というピントの外れようである。
精神分析の理論によると、人間は直視に堪えない「現実」を、根拠のない幻想で埋めたり、あり合わせの言葉(象徴)で覆い隠したりするものらしい。日本の世論はまさにこれである。国民の生存危機という不気味な「現実」が迫ってきているというのに、アメリカがなんとかするはずという幻想や、九条という象徴に縋って、目を背けているのだ。
アメリカとイランの交渉が決裂し、封鎖が長期化するというシナリオは十分にあり得る。エネルギー自給率の高いアメリカは海峡封鎖の打撃がまだ浅いため、日本やアジアのことを二の次にするかもしれない。そもそもアメリカ第一主義のトランプは同盟国に冷たい。この先追い詰められて、「日本は勝手にしろ」と突き放す可能性は十分にあると見ておくべきだ。
今回の危機は、日本経済に深い打撃を与えるだろう。唯一の希望は、これが日本という国家の抱える根本的な脆弱性を直視するまたとない機会になることである。われわれを助けてくれる万能の「親」などいない。矛盾に満ちた「現実」と向き合うなかで、可能な解を探す。現場の担当者だけでなく世論も「現実」を見る眼を持たなければ、この先のもっと大きな危機で、日本は国家ごと沈没することになる。
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