【書評】「師弟の交わり」が 生む学問と歴史/前田龍之祐

啓文社(編集用)

啓文社(編集用)

ジョージ・スタイナー 著 高田康成 訳『師弟のまじわり』筑摩書房/2024年8月刊

 もともと、研究や批評などを志していなかった私は、果たして、いつどのような契機で「学問」に本気で向き合ったのだろうか。そのことを考えるとき、やはり思い至るのは、大学二年のときの「師匠」との出会い、その決定的な交わりの体験である。「小説を書きたい」などと口にしながら芸術系の大学に入った私は、しかし何かを書くわけでもなくただ読書量だけが増えていき、自身の向かうべき方向がまったく曖昧なまま、二十歳を迎える頃には、優越感に浸りながら使いようのない知識をただ持て余していた。
 そんなときに出会った私の「師匠」は、そのような醜いプライドも、これまで読んできた本での知識も、その他何もかもを容赦なく打ち砕いていった。言うなればそれは、学問的な挫折をした初めての経験であった。その経験から私は、学問の領域の圧倒的な広さと深さ、そして、ものを考えることが人間の生き方の問題にまで繋がるという事実を、初めて思い知ることになった。この「思考の師匠」に出会っていなければ、いま私がこの文章を書いていることは決してなかっただろう。
 しかし、それゆえに、本書の言葉の一つ一つを、私は確かな実感をもって読むことができるのである。ジョージ・スタイナーは言う、「親身に教えるということは、人間の心の最も深く敏感なところに踏み込んで直に触れることにほかならない」と。もちろん、だからこそ教育とは時に「破壊行為」、あるいは「性愛的な行為」とも「紙一重」のものとなりうるだろう。本書では師弟関係を三つの類型──師による弟子の破壊(裏切り)とその逆、そして師弟の相互信頼──に区別しながら、文学や哲学から、音楽やスポーツの現場にいたるまで、歴史上の様々な領域に見られる教育(師弟)の実態を描いていくが、それらに通底しているのは、「心と体の全体が動員される」ような、「ある種のエロティシズム」の体験である。
 そして、認識や理解に先立つこうした「交わり」(信仰)によって、〈過去の記憶=歴史〉が継承されていくのであれば、自分を超えた師への敬愛を失いつつある、二十一世紀の「不敬の時代」とはまさに、〈知は伝達である〉という学問の事実を忘却した時代にほかならない。
 再び私自身の経験を思い返せば、私が師匠から教わった一番のものとは、知識以上に、他者に対する敬意を伴った議論(語り方)の作法であった。スタイナーの言うように、「礼を欠くこと」が常態化している現代において、この「語り口の問題」はどこまで重視されているだろうか。
 大学を卒業した現在でも私は、「師匠」やその周りに集う仲間との「交わり」という名の修行は終わっていない。その交流はいつまで続くのか分からないが、「師を失うとき、その甘美な歓びは消え、その侘しい状況を嘆き苦しむ」という本書の言葉は、私にとっても強く身に迫るものとして響いている。学問と歴史、そして「人間の生活」──「師弟の交わり」がそれらの基礎にあるという事実を、私たちはこれからも忘れるべきではない。


<編集部よりお知らせ1>

浜崎洋介先生の新刊『小林秀雄、吉本隆明、福田恆存ー日本人の「断絶」を乗り越える』の出版を記念して、トークイベント&サイン会を開催!

 浜崎洋介先生×富岡幸一郎先生
出版記念対談&サイン会『日本人の断絶を乗り越える』

■ 日時: 14時~16時
■ 会場: リファレンス西新宿大京ビル貸会議室 (s201)
■ 参加費
表現者塾生・クライテリオンサポーター: 2,000円 
一般: 3,000円

お申し込み・詳細はこちらから!
https://the-criterion.jp/mail-magazine/250208talkevent/

 

<編集部よりお知らせ2>

最新刊、『表現者クライテリオン2025年1月号 [特集]権力を動かす「権力」の構造―ディープステート(DS)論を超えて』、好評発売中!

よりお得な年間購読(クライテリオン・サポーターズ)のお申し込みはこちらから!サポーターズに入ると毎号発売日までにお届けし、お得な特典も付いてきます!。

サポーターズPremiumにお入りいただくと毎週、「今週の雑談」をお届け。
居酒屋で隣の席に居合わせたかのように、ゆったりとした雰囲気ながら、本質的で高度な会話をお聞きいただけます。

 

<編集部よりお知らせ3>

こんにちは。表現者クライテリオン編集部です。

表現者クライテリオンは皆様のお陰をもちまして、次号2025年3月号で創刊7周年を迎えます。

そこで、創刊7周年を記念した協賛広告ページを特設します。

世界が転換期を迎え、日本はますます衰えていくなか、「危機と対峙する保守思想誌」たる『表現者クライテリオン』の言論活動を益々意気盛んに展開していく所存です。
8年目を迎える我々の言論活動をご支援いただくために、この機会に名刺サイズの広告で応援のお気持ちをお送りいただければ幸いです。

詳細、お申し込みはこちらから!(1/20まで)

執筆者 : 

TAG : 

CATEGORY : 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

メールマガジンに登録する(無料)