魚 豊 著
『ようこそ! FACT(東京S区第二支部)へvol.1~4』小学館/2024年9月刊
ディープステート、フリーメーソン、イルミナティ、これらに代表される“世界を裏で動かす”といわれる勢力の名を見聞きしたことがある人は多いだろう。特にディープステートは、ドナルド・トランプが使用したことによって一気に人口に膾炙したが、それとともに「陰謀論」という言葉も頻繁にメディアに取り上げられるようになった。この陰謀論と、それと無縁に思える恋愛をテーマにしたのが本作である。
主人公である渡辺は、非正規労働者として先が見えない不安を抱きながら日々を過ごす十九歳の若者である。人生に閉塞感を感じ、自分を変える契機として自己啓発セミナーに参加するが、そこでも自身の無力さに打ちひしがれてしまう。そんな彼が、高学歴で社会問題に関心がある女子大生の飯山と偶然に出逢い、彼女に一方的な恋心を抱く。しかし、自身と彼女との格差に思い悩み、煩悶していく中で、最初は疑念を抱いて馬鹿にしていた、陰謀論を唱える「先生」に傾倒していく。そして、自身を“選ばれし者”だと承認してくれた先生と共に、飯山が所属する大学のサークルが企画するイベントを乗っ取るために奔走する……というのが大まかなストーリーになる。
渡辺は自分の部屋に小学校の時に褒められた小テストのロジックツリーを飾っており、論理的思考に自信があるという設定がされている。そんな渡辺に先生は、一見無関係な要素の関連性を見つけて繋ぎ合わせることで「世界の複雑な編み目」が見えると説く。そして、渡辺は日常に隠された“陰謀”を“論理的思考力”で発見して“目覚めて”いく。この過程で、彼が初めて自身の軸を見つけ、空っぽだった自分の人生に意味を見出していくが、その一方で飯山への恋慕は空回りし、飯山から陰謀論に嵌まることを諫められてしまう。
好意を寄せている異性に理解されない苦悩と初めて得た生の充実との間で悶え苦しむ描写は、浅学菲才な若者の戯言だと一笑に付すことが出来るものではない。さらに、陰謀論を否定する飯山の指導教官が陰謀論を信じて警察に逮捕されることで、ピエール・ブルデューの言う文化資本の格差などと無関係に、人は誰しも陰謀論に嵌まる可能性があることが描かれる。こうして、渡辺が抱える不安は他人事ではないものとして、読者にも伝染していくのだ。
本作を読むと、人は誰しも自身を「選ばれた存在」だと思い、自分が理解したいように物事を解釈してしまう生き物なのだと痛感させられる。現状に打ちひしがれ、閉塞感を抱いたとき、代替不可能な存在である自分を肯定するために、様々なファクトを細い線で繋ぎ合わせて「物語」を紡ぎだし、“世界の真実”を知った気になってしまう。これが陰謀論に嵌まる構造なのだろう。
ただ、陰謀論に傾きかけたときは、本作にある「多分陰謀なんてないよ。きっと大きな不安と小さな偶然があるだけだ」という言葉を思い出してほしい。世界は不思議に満ちていて、誰かが操れるほど単純なものではないのだから。
<編集部よりお知らせ1>
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<編集部よりお知らせ2>
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<編集部よりお知らせ3>
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