今回は、『表現者クライテリオン』のバックナンバーを特別に公開いたします。
公開するのは、小幡敏先生の新連載「自衛官とは何者か」(第一回目)・第二編です。
第一編から読みたい方はこちらから
『表現者クライテリオン』では、毎号、様々な連載を掲載しています。
ご興味ありましたら、ぜひ最新号とあわせて、本誌を手に取ってみてください。
以下内容です。
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斯様な国民によって飼われ続けた自衛隊は、哀れなほど従順にその飼い主に仕えてきた。
それ故、何等の変革を望まないばかりか、国防への主体的関与など望むべくもない国民により場末に仕舞い込まれた自衛隊の腐敗しつつある現状※1はむしろ当然と言わざるを得ない。そして、その深刻さに当の自衛官すら自覚的ではないのである。
では自衛隊の抱える病理とは何であるか、それまさしく、国民の病理でもある。
近代国家における軍隊はそれが徴兵されたものであれ、志願兵であれ、国民から広く募られたものの集合体である。
しかしながら、それは特定の階級身分に縁どられないということに過ぎず、実際は必ずしも無作為の抽出と言えるものではない。
特に志願制となると、これはまったく偏った組織となり、仮に国民の内に現代社会の成員としての貴賤上下があるとするなら、軍隊は底辺付近に位置する人間が集まる。
誤解を恐れずに言えば、他に行き場のないゴロツキや無頼、無学の徒によって担われるのが常である。
それはなにも日本に限った話ではない。より高い報酬と地位、楽な環境の職場が約束されながら好き好んで軍隊に入る馬鹿などそうはいない。
それ故、日本においても自衛官には国民の平均的水準からして落ちこぼれと言わざるを得ないものが多くいる。
今でこそ滅多に見かけないが、以前は漢字の書けない隊員なども見られたと言うし、それは驚くべきことに今の若い隊員にさえごく稀に存在する。
しかしながら、一般的な意味で“使える”人間が偉いということもないし、まして字が書けないから、学校教育に馴染めないから人間として劣るというわけでもなかろう。それは単に現代の非人間的で設計的な社会において利用価値が低いということしか意味しない。
然るに、軍隊では斯様な基準が全く顚倒している。軍隊はある意味で社会の幸せな受け皿となり、表通りの脱落者にさえ、公の奉仕者として国家の足下に献身する途が開かれる。
そうして共同体に初めて馳せ参じた“息子たち”を最大の栄誉をもって遇すること、心根の賤しいものはそれを国家が“愚図”を使い捨てるための欺きであると言うだろう。
だが、彼らが国家の心ある領導者と生存のための犠牲を誠実に見つめる国民、つまり、人は常に何ものかの犠牲によってしか生きられず、いつでもただ“生き永らえてしまっている”のだということを自覚する国民によって正当に顕彰されるとき、兵と国民は分断の代わりに輪郭が溶けゆくことを感じるはずだ。
そのとき初めて、兵も国民も、ともにこの国の子らとしてひとつところに集うことが叶う。それがなくして何が国家だ。
生きるということ、生き永らえるということ、その我々人間の醜悪と惨めさとが兵隊の血で洗われるとき、そこに初めて国家が出来し、生の蕩尽者に過ぎない人間は心棒が通った国民としての身分を得るのではなかったか。
斯様な関係に契約や金銭が馴染まないのは当然である。兵が必要とするのは国家国民からの信頼と抱擁である。
そのゆるやかだが人肌のぬくもりある全体感の中でこそ兵は、もっとも真剣な、もっとも勇敢な、そしてもっとも色鮮やかな生を見い出し、戦いさえも豊穣と受け入れ死路を勇躍歩み得る。
そしてこの時、生き永らえる者たちの「われわれの為に死んでくれ」という声こそが兵たちの唯一の糧秣となり、「後は任せろ」との謹厳な餞別だけが冥途の土産と成り得ることを、一体どれだけの国民が理解しているというのか。
私は先に自衛隊の病理は国民の病理であると述べたが、それは自衛隊が国民の似姿であり、国民の中に沈殿し、暖められた国防(=生存)への意志それ自体を意味することに由来する。
そう言って理解しづらければ、この国民自体が変質し、更に軍民の関係が奇形であるがために現在自衛隊が陥っている問題を見るに如くはないだろう。
既に指摘した通り、軍隊は国民の所謂“下層”の成員で構成される。彼ら下層に位置させられている男たち、土から生まれ、風雨に鍛えられたこの国の細胞ひとつひとつが全国民と和解する場所、それこそが軍隊であり、自衛隊でなければならない。
だが、この共同性揺籃の場がおよそ無視され、捨て置かれてきたのが日本という自堕落な国のかたちである※2。
それでもなお、辛うじて日本が国家の体を成してきたのは、ひとえに我が国に稀有な地理的、民族的、言語的同質性に負う。この同質性がいまや信じるに足らないものになっていることを思えば、自衛隊という国家共同体存続の礎石が現状のまま放置されることには深く憂慮しなければなるまい。
自衛隊はまさにこの前線に、国の共同性を支える礎石として存在するために、この国が将来直面する問題を常に先取りしているといってよい。
その問題とは何か。その一つは、国民の変質である。
そもそも自衛隊が創隊以来、人さらいと言われた地連(自衛隊地方連絡部:募集活動等を担う)によって隊員集めに奔走していた時期を潜り抜けてもなお一定の精強性を保ち得たのは、須らくこれを下士官兵の優等に因る。
軍事の世界には「強兵は九州、弱兵は大阪」といった俗流格言が多いが、
「最強の軍隊は、アメリカ人の将軍、ドイツ人の将校、日本人の兵隊」
と言うように、日本の兵はその精強さをもって称えられてきた※3。それは戦後も変わらず、日本の兵隊への評価は一般に高い。
思うに、これは正しく軍隊が下層の人間で構成されている為であり、下層の日本人は諸外国のこれに対応する人々に比して極めて程度が高い。
中東の兵などは基本教練すらままならないものもいるし、米兵も末端を見れば驚くほどいい加減であり、それは規律の問題ではなく、国民性に対応している
(例えば、在日米陸軍にいたころに戦場救急法の授業に出席したが、のけ返って寝るもの、ハンバーガーを食っているものなど、さながら学級崩壊の有様であった)。…(続く)
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※1 「現代のフランス軍は変質して極端にだらけきってしまって、発展期に有していたあの精神的活力を失ってしまった。階層秩序の崩壊、終わりなき組織改革、頻繁な将校の人事異動は、もともと分散流動の激しい兵士の統率をいっそう困難なものにした。(中略)その上、無駄な仕事が無限に増大し、将兵の活動は、煩雑な手続き、書類、雑役、管理事務に殺がれるようになってしまった。往年の凝縮していて引き締まった軍隊らしさは消えうせ、現代の軍隊は、先人が苦労してつくりあげたものの残骸を有しているだけにすぎない」(ド・ゴール『剣の刃』)との言は、自衛隊のことを語っていると見紛うほどである。その意味で、戦後を迎えた軍隊の耐えがたい腐敗は一定の一般性を有する。
※2 この意味で徴兵制が果たし得る効果は無視し難く、俗耳に入りやすい「専門性を必要とする現代戦争において徴兵制は不要」との言は、戦争と軍隊、そして国民の関係を単純化し過ぎている。
※3 例えば敗戦後に大陸で米軍の指揮下に降った歩兵第二百三十六連隊は、米軍側から「われわれは監督側の中国軍を相手にしない。直接日本軍を信ずる。君らは南方で実によく戦った。勝敗の問題ではない」(伊藤桂一『兵隊たちの陸軍史』)と讃えられた。
(『表現者クライテリオン』2020年9月号より)
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