【小幡敏】務めを果たさぬ日本人②ー戦争はいくらでもやるが、軍隊は嫌いだ

小幡敏

小幡敏

今回は、『表現者クライテリオン』のバックナンバーを特別に公開いたします。

公開するのは、小幡敏先生の新連載「自衛官とは何者か」です。
第二回目の連載タイトルは「務めを果たさぬ日本人」。その第二編をお届けします。
第一編

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表現者クライテリオン』では、毎号、様々な連載を掲載しています。

ご興味ありましたら、ぜひ最新号とあわせて、本誌を手に取ってみてください。

以下内容です。

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自衛隊に蔓延する不合理や非効率

曹士の務めが明確で基本的に迷いがないのに対し、幹部は自衛隊の悲哀を背負っているから立場として非常に弱い※5

部下に対して自衛隊の存在意義も本来の目的も素面では語り得ないという後ろ暗さを、曹士は無自覚ながらも感じ取っている。さらに悪いことには、当の幹部すらこの状況を正確に理解していない。

 この悲哀の一側面として自衛隊に蔓延する、(軍隊的理不尽とは異なる)軍隊にあるまじき不合理や非効率は、元を糺せばあの奇形の憲法(及び防衛法制)や、不健全な国民世論に起因しているにもかかわらず、
そのどちらに対しても決して異議を唱えられない幹部は、ただ惨めさの中で曹士に遠慮しつつ、年々劣化していく組織の中で朽ちるのである
(勿論、その自覚がないばかりか、むしろ目の前の努力こそが自衛隊の義務と考える幹部は多い。

しかしながら、厳しいことを言えば彼らは良くてお人よし、悪く言えば少し足りないか、不誠実なのである。思い起こせば私が在日米軍に出入りしていた頃、如何に惨めな思いを味わったか。

率直に言って同僚の自衛官より有能で明朗快活な米軍将校の方が遥かに好ましかったし、

「お前は自衛隊では生きづらいだろう、自分で思考する自衛官はお前が初めてだ」

と笑われた時、私には返す言葉もなかった。彼らは卑屈な自衛官たちに同情しながらも、同じ軍人として不甲斐ない自衛官に苛立ち、軽蔑している者が多かった)。

幹部自衛官が抱えている二重の問題

 つまるところ、幹部自衛官は二重の問題を抱えている。

一つには、そもそも国民が劣化(共同性に対する信頼の低下と、国防意志の蒸発)しており、加えて自衛隊の地位が低いせいで能力・人格に優れた人間が集まらず※6、その立場を守るだけの内実を決定的に失っていること
(旧軍とて将校の腐敗は目に余ったが、それでも非陸士(陸軍士官学校)出の多い下級将校には好人物も多かったし、何より彼らはその制度や文化により、良くも悪くも仮に内実が伴わなくてもその立場を守り得た)。

そしてもうひとつは、憲法規定をはじめとした日本における自衛隊への不健全な扱いにより幹部が下士官とは明確に異なる将校としての役割を果たすことが困難になっており、曹士もろとも報われない職業人の群れに堕しているということである。

 とはいえ、思い返せば自衛隊には当然ながら様々な幹部自衛官がおり、仕事に熱心で面倒見がよく、その意味では一個の人間として好ましい人物も確かに居た。

彼らは彼らなりに苦しみ、その在り方を模索していたのであり、各人が各様の幹部を生きていた。だが、その内のただの一人も、自衛隊が戦うに相応しく、その準備が出来ているとの確信を抱いていたものはあるまい。

誠実な者全ての心中に、“これでは戦えない”との思いがあったはずだ。そんなことは誰でもわかっていた

だが、その原因が明白で、しかし、あまりにも明白であり過ぎるがために、それを考えることはおろか、気付くことさえも自らに禁じていたのである。自衛官が主義主張を持ってはならぬ、それが飼い主たる国民の言い付けであるのだから。

 思えば、この国は文民統制を謳う。だが、そんなものはただ文民による自律的な意志決定が確保されればよいのであり、自衛隊がこの国の問題を語ってはならない理由にはならない。

むしろ、国防の当事者の言を封殺することが招くのは、この国の危機でなくて何であろう。

 さればこそ、“自衛官は声を上げてはならぬ”という滑稽な呪文は、この愚かな国と国民に刻み込まれた滅びの歌様に聞こえるのである。

人間と軍隊─戦争と軍隊は異なる

 この国における軍事を巡る言説や国民感情が拙劣で狭隘であることは論を俟たない。これについてはこれまでも繰り返し述べてきたが、一体何故この事態は改善するどころか強化されながら保たれているのか。

 最も初歩的な躓きは、日本人のほとんどが軍隊と戦争を同一視している点にある。

加えて我々の戦争に関する知識やイメージが大東亜戦争に留まっているため、日本人の頭の中には軍隊=戦争=大東亜戦争(=悪)という構図が深く根を張っている為でもある。

しかしながら、忘れっぽい日本人の頭の中でこれだけ長く命脈を保ったのが、いみじくもこの戦争嫌いとその周辺に付帯する護憲精神といった敗戦根性の残滓以外に見当たらないから不思議である。

 この奇妙な長老たちそれぞれの査問は一先ず措くとして、軍隊と戦争の混同が孕む問題とは一体何であるか。

本来軍隊とは、戦争以上に国民に切実なものとしてあり、戦争などという明白で疑い得ない悪※7に対して、軍隊はより解釈の余地を残し、陰翳を備えたものとしてある。

それ故、「戦争はいくらでもやるが、軍隊は嫌いだ※8

と多くの兵隊が口にしたように、戦争と軍隊への感情はしばしば一致しないのであり、こうした通念とは異なる顚倒も生じる。

 であるからして、我々が検討すべきは戦争が悪であることは認めた上で、なお軍隊が如何なるものかという点にある。

勿論、それが悪であるかどうかはともかく、国民にとっては迷惑千万、もっと言えば単に俗悪なものでしかないという結論は容易に提出し得る。

しかしながら、この国ではその当否について一顧だにされぬまま断罪されており、この不問の姿勢が軍事に関する議論に停滞を生じさせていることは間違いない。

 その認識を得た上でさらに進むべきは、この軍隊という厄介な組織が国民にとって何を意味し、それを不可欠と認むるのであれば、如何にしてこれを日本国にとって相応しい組織へと仕立てあげてゆくかというところにある。…(続く)

(『表現者クライテリオン』2020年11月号より)

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※5 例えば、米軍では将軍が兵隊のことを”my soldiers”と呼ぶ。この時、彼らが”my”と呼べるのは、正しく国家と自己とが同一化しているからであり、それは言うなれば軍隊の本義が確立し、軍と国家国民が接着しているからこそである。よってその点が薄弱な自衛隊で将軍が“私の兵隊たち”などと言おうものなら、“誰が貴様の兵隊か”となることは請け合いであり、そのような組織が米軍や諸外国の軍と比べて非常な弱点を抱えていることは疑いようがない(むしろこういった点にこそ、その国の文化が反映されるのであり、戦争の前後を問わず日本にこの関係は馴染まない。だからこそ“天皇”という超越的存在が要請されたのであり、日本では天皇によって公的存在と私的存在が調停されて初めて、国家と国民が円環し、融和し得る)。

※6 「もはや戦争などする必要はないと信じられる時代には、優秀な人材のほとんどは(中略)軍隊を顧みなくなる。当然、気概のある者や豪胆な者や毅然たる者は権力や尊敬をもたらしてくれる別の方面を志向する」(ド・ゴール『剣の刃』)。然るに、我が青春時代を共に送った現代の“エリート”諸君を見れば、誰一人として自衛隊に見向きもしなかったことは言うまでもない。私は彼らを好かないが、軽蔑するという気もない。大衆社会におけるエリートなど元来その程度のものであるし、非エリートもまた、褒められたものではないからである。

※7 「誤解を恐れずに言へば、侵略戦争でも結構ではありませんか、帝国主義戦争でも結構ではありませんか。戦争中は聖戦で、敗けたら武装放棄の平和主義などといふのは、どう考へても偽善でしかありますまい。戦争に修飾語は要りません。戦争には唯一種類しかない、それは戦争です。そしてあらゆる戦争は悪です。随つて、出来るだけ避けるに越した事はない。平和論といふのはそれだけの単純な理屈に過ぎますまい」(福田恆存『軍の独走について』)。

※8  伊藤桂一『兵隊たちの陸軍史』。

 

 

 

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